かけた情けは水に流せ、受けた恩は石に刻め

比田井美恵

2013年06月03日 22:43

私は、3ヶ月に一度、「プチ紳士からの手紙」という冊子に
文章を書かせていただいています。

プチ紳士からの手紙


書かせていただくようになって、
4年程経ったでしょうか。

先日、失くしたと思っていた、初回の原稿が出てきました。

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 「父をかっこいいと思った瞬間」 比田井美恵

もう、20年近く前になるでしょうか。
私がまだ独身で両親と同居していた、ある年の12月29日、夕方6時過ぎ、
私に一本の電話がかかってきました。

相手は私が神奈川県で働いていた頃の同期の男性二人。
もう何年も連絡を取っていない人でした。

「今日、長野県に来てスキーをしていたんだけど、
 帰ろうと思ったら車がまったく動かない。
 猛吹雪で、周りにはもう誰もいない。
 長野県には、美恵さんしか知り合いがいない。助けてほしい」とのこと。

(当時はまだJAFがそんなに普及していなくて、
 車が故障したら、ディーラーや車屋さんに頼むのが一般的でした。)

早速、手当たり次第、車屋に電話をしてみたのですが、
年末の夕食時とあって、
みんな自宅で一杯飲んでいて、仕事ができる状態ではありません。

それでも父が頼み込み、人の良い車屋さんが、
40キロ離れたスキー場までなんとか行ってくださることになりました。

横殴りの猛吹雪の中、
2時間かけてスキー場までたどり着くと、
車屋さんは私達に温かい車中で待機するよう言い残し、
雪まみれになりながら、必死で修理をしてくれたのです。

しかし、いつまで経っても車は直りません。
やむなく私の家までけん引してくることになり、
またしても、猛吹雪の中、
やっとの思いで自宅に着いたのが夜中の2時。

正直私もクタクタでした。

ところが、自宅のドアを開けて驚きました。
いつもなら、どんなに遅くても夜10時にはグーグー寝ている両親が、
笑顔で迎えてくれたのです。

「お帰り! お疲れ様! さぁ、早く中に…。」

暖められた部屋にごちそうの山。
お風呂も布団もしっかり準備してくれてありました。

もう60歳を過ぎた両親の久しぶりの夜更かし…。
きっと体も辛かったでしょうに、そんなそぶりも見せず、
優しく声を掛けてくれたのです。
私は涙が出そうでした。

当の男性2人は…と見ると、もう疲れ果てて会話をする元気もなく、
その夜は倒れこむように寝てしまいました。

翌日は無事に車も直り、
彼らは元気に神奈川に帰っていったのです。

ところが、帰ったその日…待てど暮らせど、
「無事着きました」の連絡がないのです。

両親も気に掛けていて、「ちゃんと着いたかねぇ…」と
何度も口にしていたのですが、
私たちが彼らの無事を知ったのは、
数日後、車屋のおじさんから、
「ちゃんと支払いが済みましたよ」と聞いた時だったのです。

私は、両親に申し訳なくて言いました。

「お父さん、ごめんね。
 あんなに良くしてくれたのに、何も連絡してこないような友達で…。」

父は、穏やかな笑顔で言いました。

「『かけた情けは水に流せ。
  受けた恩は石に刻め』

 という言葉があるだろう。

 人に何かしてあげたからといって、
 お父さんは何も見返りを期待していないから、いいんだよ。」

…私は、自分が恥ずかしくなりました。なんて心が狭かったのでしょう。

そう言われて思い浮かべた父の行動の数々…。

例えば「高校訪問」。
父は、私の勤務先の専門学校の校長なのですが(注:当時は父が校長でした)
県内・近県の高校100校以上を、
年に8回ほど訪問しているのです。

100校全部まわると、3週間近くかかります。
1日に400キロも一人で車を運転する時もあるのですが、
「高速道路代がもったいない」とすべて一般道。
遠い高校に出掛けるときは、朝5:30には学校を出ることもあり、
本当に大変だと思うのですが、
とにかく一人で高校訪問を続けているのです。

そんな苦労をしてまで足繁く通っても、
中には今までに一人も卒業生が当校に入学していない高校もあります。
でもそんな時、父は言うのです。

「生徒が来ようと来まいと関係ないよ。
 自分がやるべきことを、ただやるだけだから…。」

…そんな父から出た「見返りを期待しない」の言葉は、
日頃の行いとまさに一致していて、
父がとても格好よく見えた瞬間でもありました。

この時の父の言葉と表情は今でも忘れられません。

プチ紳士からの手紙より
 加筆・修正をして引用)

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さて、今はもう88歳になった父ですが
(ちなみに今でも現役で毎朝6:30頃には学校に来ています)
数日前、2人で少し出掛けました。


向かった先は、上田市塩田にある「前山寺(ぜんさんじ)」。


参道には大きな欅の木がそびえ立っています。
写真左下の方に矢印がありますが、その下に女性が座っています。
これでこの樹がどれだけ大きいか、イメージできるでしょうか…。


前山寺には、石碑がありました。


「人は生まれによって尊からず
 その行いによって尊し」

うーん…とうなってしまいました。
いい言葉ですね!

そして…見つけました!

そうなんです! この碑を見たくて来たのです。

「かけた情は水に流せ
 受けた恩は石に刻め」

実は、私は、この碑が前山寺にあると父から聞いてはいたのですが、
一度も見たことがなかったのです。

この言葉を教えてくれた父と一緒に来ることができて
とても感動しました。
いい思い出ができました!

忘れられない一日になりました。(o^-^o)

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