2009年12月31日
比田井和孝心の友2
さて、比田井和孝心の友、石田敦志さんのお話の続きです。
(昨日のブログを読んでない方は、先にコチラを読んでください。
比田井和孝心の友1)
さて、石田さんの三つ子のお子さん達も、
今は8歳になりました。
石田さんは、
お子さん達が20歳になった時に
伝えたいことがある、と
手紙にアツい思いをしたためたのです。
この手紙の中に、
気になる「幼稚園の先生の一言」も
書かれています。
では、どうぞ!
----------
『20歳のきみたちへ』
この手紙は、君達が8歳の時に書いています。
まず君達に届けたい言葉があります。
それは・・・『本当にありがとう』という言葉です。
今、君達は毎日楽しそうにしてくれています。
そして、明るくやさしく強く生きてくれています。
その生きる姿は、パパとママに
ものすごい喜びと大きな勇気をくれます。
君達がいるおかげで、パパとママはとても幸せです。
喧嘩することもあるし、
悲しくて泣いてしまうこともあるけれど、
その姿だって、パパとママを幸せにしてくれます。
君達が、ただそこにいるだけで、
パパとママはとっても幸せです。
ありがとう。
生まれた時、パパとママがいないと何もできなかったのに、
パパとママがいなくても何でも
できるようになってしまったよ(笑)。
昨日も『外で遊んでくるね!』という
君達に置いていかれて、パパは、
一人ポツンと家に取り残されてしまった。
でも、やっぱり幸せです。
パパとママのもとに生まれてくれくれてありがとう。
パパとママにたくさんの幸せを届けてくれてありがとう。
これから、大きく飛び立っていくんだね。
20歳の君達が、どんな人生を歩いているのかわからないけど、
パパから君達に、伝えておきたいことがあります。
1969年12月29日 パパが生まれました。
1970年11月 4日 ママが生まれました。
ママと出会ったのは、1990年。
今と同じで、喧嘩ばかりしていました。
そういえば、3人はよくパパとママの
喧嘩を止めてくれたね。
(みんなの前で喧嘩をしてごめんね。)
喧嘩ばかりしていたけど、ママと1997年に結婚しました。
二人とも子どもが大好きでね。よく話していたんだよ。
『子ども、3人ほしいね~』
そんなある日、
君たちが生まれるってわかったんだ。
ママが、泣きながらパパに電話してきたから。
パパも泣いた。すごくうれしかったから。
君達が生まれるまで、
ママは東京の病院に入院することになったから、
パパとママは、また離れて暮らすことになりました。
でも、君達が生まれる喜びのおかげで、何も問題なかったよ。
ママには申し訳ないけど、
人生で初めて思ったんだ。
『俺、こいつらのために生きたい』
誰かのために生きるということが
これほどの力を与えてくれることを
君達が教えてくれたんだ。
ありがとう。
2001年6月15日 君達が生まれたんだ!
すごくうれしくてね。「人生ってすごい!」と思ったよ。
君達は、三つ子だったから、生まれた時は1500g。
手のひらに乗るぐらいの、小さい小さい命だったんだ。
最初の2ヶ月は病院の保育器暮らし。
ミルクは自分で飲めないし、
内蔵もまだしっかりしていないから、
管がたくさんつながっていて・・・
それでも君達は必死に息をしていたよ。
生きようとしていたんだね。
パパは、祈ることしかできなかったけど
一生懸命、神様にお願いした。
『早く退院できますように・・・』
はじめて抱っこした時は感動したなあ・・・・
「パパになったんだ!」と思いました。
『誰?』と思ったのかな?
君達は、顔を見ようと必死に見上げていたよ。
命の強さに、すごく感動しました。
3ヶ月経って、君達は我が家に戻ってきました。
それからの子育ては、本当に大変だったなあ・・・
パパもそんな時に、会社を辞めてしまったから、
本当に大変だったんだ。
君達が2歳になるまでの子育ては、
あまりに大変すぎて、正直あまり覚えていないんだ・・・
ママが本当に辛そうだったのだけ、覚えています。
みんなが生まれたこと、本当にうれしかったんだけど、
まわりの人に迷惑をかけることもたくさんあって、
きみたちがいることを申し訳なく思ってしまう
そんなパパとママもそこにはいたんだ。ごめんね。
パパもママも、毎日イライラして、よく喧嘩もしていました。
(喧嘩するのは、今も変わらないね)
『3つ子、いいね~』
『かわいい』
『毎日、楽しそうだな~』
そんな言葉を知らない人にかけられると、ちょっと困っていたなあ・・・
そんな時に出会ったのが、きみたちが通った幼稚園の先生でした。
幼稚園の先生に、そっと伝えたんだ。『3つ子なんです・・・・』
そうしたらね。先生こう言ってくれたんだよ。
「今まで大変でしたね」
涙が出そうになりました。
君達がいることに弱音を言ってはいけない、
そう思っていたから。
そして、卒園するまでずっと
たくさんたくさんほめてくれたんだよ。
『たっちゃんは、誰とでもすぐ仲良くなれますね。すごい!。』
『もえちゃんは、ドロだんごの、ちっちゃい先生でしたよ。』
『しゅうちゃんは、友達を明るくしてくれますね。』
すごい仕事だなあと思いました。
パパもこんな仕事をしたいと思いました。
「誰かを幸せにするために」
そんな仕事ができるようになりたいと思ったんだ。
人を幸せにできるってすごいと思います。
『人生やり直してもいいよ』と、神様に言われても、
全く同じ人生を選ぶことができます。
1分1秒も違わず、同じ人生をパパは歩きたい。
また、君達に会いたいから。
こんな風に思えるのは、
たくさんの人が助けてくれたからだと思います。
そして、君達がパパとママのもとに
生まれてきてくれたからだと思います。
君達が、パパとママに
すばらしい人生を届けてくれました。
ありがとう。
君達も、それぞれの人生を歩くんだよね。
辛いことや、悲しいこともあるかもしれない。
でもきっと大丈夫。
君達が明るく生きていれば大丈夫。
たくさんの仲間を見つけることができるから。
君達がやさしく生きていれば大丈夫。
たくさんの人が君のまわりにはいるはずだから
君達が強く生きていれば大丈夫
どんな困難も、すぐにいなくなるから。
これから、たくさんの出会いが君達を待っています。
君達は一人じゃない。だから大丈夫。君達は幸せになります。
『人は喜ばれるために生まれてくる』
きみたちは、パパとママに喜びを届けてくれた。
また、たくさんの人に喜びを届けてください。
君達が幸せな人生を送る姿を
パパとママはずっと見守っています。
20歳の君たちへ ありがとう
----------
この文章は、石田さんの発行しているメルマガ、
【ファンが集まる幼稚園通信】 Vol.90『人は喜ばれるために生まれてくる』
に載っていたものです。
涙が出てきました。
石田さんの、子供達を思う、大きな大きな思いに、
感動してしまったのです。
子育てで悩んでいる人にも、
この文章を読んでもらえたら、
また少し違う視点から見ることができるかも…
なんて思って、
ブログに掲載させていただきました。
私も、子供が生まれたときの喜びを
思い出しました。
そして、こんな風に、正直に思いを伝えられる石田さん
…本当にステキです。^^
この写真は2年前にウエジョビで撮った写真です。

一番前の列、右から3番目にいるのが石田さん。
ちょうど、昇進&お誕生日を迎えられて、
みんなでお祝いしたところです。^^
私の大好きな写真の一つです。
…さて、今年も最後となりました。
ブログを始めて3ヶ月と少し。
続けることが苦手な私が
本当に良くここまで毎日アップすることができたと
自分で自分を褒めてあげたい気持ちです!(^-^*)
これも、読んでくださるみなさんがいたおかげです。
ありがたいことです。
もう、読んでくださるだけでもめちゃくちゃありがたいのに、
コメントをくださったり、
ランキング投票ボタンを押してくださったり…
もったいない限りです!
このブログの「読者登録」も、
少しずつ増えていて…
いつの間にか、もう57人!!!
これは、本当に驚きの数字です!
こんなにたくさんの方が、楽しみにしてくださっているんですね。
とってもとってもありがたいです。(^-^o)
本当に、本当にありがとうございました!!
おかげさまで、佳い年でした。
それではみなさん、佳いお年をお迎えくださいね。^^
---------
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比田井和孝心の友1)
さて、石田さんの三つ子のお子さん達も、
今は8歳になりました。
石田さんは、
お子さん達が20歳になった時に
伝えたいことがある、と
手紙にアツい思いをしたためたのです。
この手紙の中に、
気になる「幼稚園の先生の一言」も
書かれています。
では、どうぞ!
----------
『20歳のきみたちへ』
この手紙は、君達が8歳の時に書いています。
まず君達に届けたい言葉があります。
それは・・・『本当にありがとう』という言葉です。
今、君達は毎日楽しそうにしてくれています。
そして、明るくやさしく強く生きてくれています。
その生きる姿は、パパとママに
ものすごい喜びと大きな勇気をくれます。
君達がいるおかげで、パパとママはとても幸せです。
喧嘩することもあるし、
悲しくて泣いてしまうこともあるけれど、
その姿だって、パパとママを幸せにしてくれます。
君達が、ただそこにいるだけで、
パパとママはとっても幸せです。
ありがとう。
生まれた時、パパとママがいないと何もできなかったのに、
パパとママがいなくても何でも
できるようになってしまったよ(笑)。
昨日も『外で遊んでくるね!』という
君達に置いていかれて、パパは、
一人ポツンと家に取り残されてしまった。
でも、やっぱり幸せです。
パパとママのもとに生まれてくれくれてありがとう。
パパとママにたくさんの幸せを届けてくれてありがとう。
これから、大きく飛び立っていくんだね。
20歳の君達が、どんな人生を歩いているのかわからないけど、
パパから君達に、伝えておきたいことがあります。
1969年12月29日 パパが生まれました。
1970年11月 4日 ママが生まれました。
ママと出会ったのは、1990年。
今と同じで、喧嘩ばかりしていました。
そういえば、3人はよくパパとママの
喧嘩を止めてくれたね。
(みんなの前で喧嘩をしてごめんね。)
喧嘩ばかりしていたけど、ママと1997年に結婚しました。
二人とも子どもが大好きでね。よく話していたんだよ。
『子ども、3人ほしいね~』
そんなある日、
君たちが生まれるってわかったんだ。
ママが、泣きながらパパに電話してきたから。
パパも泣いた。すごくうれしかったから。
君達が生まれるまで、
ママは東京の病院に入院することになったから、
パパとママは、また離れて暮らすことになりました。
でも、君達が生まれる喜びのおかげで、何も問題なかったよ。
ママには申し訳ないけど、
人生で初めて思ったんだ。
『俺、こいつらのために生きたい』
誰かのために生きるということが
これほどの力を与えてくれることを
君達が教えてくれたんだ。
ありがとう。
2001年6月15日 君達が生まれたんだ!
すごくうれしくてね。「人生ってすごい!」と思ったよ。
君達は、三つ子だったから、生まれた時は1500g。
手のひらに乗るぐらいの、小さい小さい命だったんだ。
最初の2ヶ月は病院の保育器暮らし。
ミルクは自分で飲めないし、
内蔵もまだしっかりしていないから、
管がたくさんつながっていて・・・
それでも君達は必死に息をしていたよ。
生きようとしていたんだね。
パパは、祈ることしかできなかったけど
一生懸命、神様にお願いした。
『早く退院できますように・・・』
はじめて抱っこした時は感動したなあ・・・・
「パパになったんだ!」と思いました。
『誰?』と思ったのかな?
君達は、顔を見ようと必死に見上げていたよ。
命の強さに、すごく感動しました。
3ヶ月経って、君達は我が家に戻ってきました。
それからの子育ては、本当に大変だったなあ・・・
パパもそんな時に、会社を辞めてしまったから、
本当に大変だったんだ。
君達が2歳になるまでの子育ては、
あまりに大変すぎて、正直あまり覚えていないんだ・・・
ママが本当に辛そうだったのだけ、覚えています。
みんなが生まれたこと、本当にうれしかったんだけど、
まわりの人に迷惑をかけることもたくさんあって、
きみたちがいることを申し訳なく思ってしまう
そんなパパとママもそこにはいたんだ。ごめんね。
パパもママも、毎日イライラして、よく喧嘩もしていました。
(喧嘩するのは、今も変わらないね)
『3つ子、いいね~』
『かわいい』
『毎日、楽しそうだな~』
そんな言葉を知らない人にかけられると、ちょっと困っていたなあ・・・
そんな時に出会ったのが、きみたちが通った幼稚園の先生でした。
幼稚園の先生に、そっと伝えたんだ。『3つ子なんです・・・・』
そうしたらね。先生こう言ってくれたんだよ。
「今まで大変でしたね」
涙が出そうになりました。
君達がいることに弱音を言ってはいけない、
そう思っていたから。
そして、卒園するまでずっと
たくさんたくさんほめてくれたんだよ。
『たっちゃんは、誰とでもすぐ仲良くなれますね。すごい!。』
『もえちゃんは、ドロだんごの、ちっちゃい先生でしたよ。』
『しゅうちゃんは、友達を明るくしてくれますね。』
すごい仕事だなあと思いました。
パパもこんな仕事をしたいと思いました。
「誰かを幸せにするために」
そんな仕事ができるようになりたいと思ったんだ。
人を幸せにできるってすごいと思います。
『人生やり直してもいいよ』と、神様に言われても、
全く同じ人生を選ぶことができます。
1分1秒も違わず、同じ人生をパパは歩きたい。
また、君達に会いたいから。
こんな風に思えるのは、
たくさんの人が助けてくれたからだと思います。
そして、君達がパパとママのもとに
生まれてきてくれたからだと思います。
君達が、パパとママに
すばらしい人生を届けてくれました。
ありがとう。
君達も、それぞれの人生を歩くんだよね。
辛いことや、悲しいこともあるかもしれない。
でもきっと大丈夫。
君達が明るく生きていれば大丈夫。
たくさんの仲間を見つけることができるから。
君達がやさしく生きていれば大丈夫。
たくさんの人が君のまわりにはいるはずだから
君達が強く生きていれば大丈夫
どんな困難も、すぐにいなくなるから。
これから、たくさんの出会いが君達を待っています。
君達は一人じゃない。だから大丈夫。君達は幸せになります。
『人は喜ばれるために生まれてくる』
きみたちは、パパとママに喜びを届けてくれた。
また、たくさんの人に喜びを届けてください。
君達が幸せな人生を送る姿を
パパとママはずっと見守っています。
20歳の君たちへ ありがとう
----------
この文章は、石田さんの発行しているメルマガ、
【ファンが集まる幼稚園通信】 Vol.90『人は喜ばれるために生まれてくる』
に載っていたものです。
涙が出てきました。
石田さんの、子供達を思う、大きな大きな思いに、
感動してしまったのです。
子育てで悩んでいる人にも、
この文章を読んでもらえたら、
また少し違う視点から見ることができるかも…
なんて思って、
ブログに掲載させていただきました。
私も、子供が生まれたときの喜びを
思い出しました。
そして、こんな風に、正直に思いを伝えられる石田さん
…本当にステキです。^^
この写真は2年前にウエジョビで撮った写真です。

一番前の列、右から3番目にいるのが石田さん。
ちょうど、昇進&お誕生日を迎えられて、
みんなでお祝いしたところです。^^
私の大好きな写真の一つです。
…さて、今年も最後となりました。
ブログを始めて3ヶ月と少し。
続けることが苦手な私が
本当に良くここまで毎日アップすることができたと
自分で自分を褒めてあげたい気持ちです!(^-^*)
これも、読んでくださるみなさんがいたおかげです。
ありがたいことです。
もう、読んでくださるだけでもめちゃくちゃありがたいのに、
コメントをくださったり、
ランキング投票ボタンを押してくださったり…
もったいない限りです!
このブログの「読者登録」も、
少しずつ増えていて…
いつの間にか、もう57人!!!
これは、本当に驚きの数字です!
こんなにたくさんの方が、楽しみにしてくださっているんですね。
とってもとってもありがたいです。(^-^o)
本当に、本当にありがとうございました!!
おかげさまで、佳い年でした。
それではみなさん、佳いお年をお迎えくださいね。^^
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2009年12月30日
比田井和孝心の友1
今日は、比田井和孝の
「心の友」をご紹介したいと思います。
船井総合研究所の石田敦志さんという方です。
石田さんとの出会いは6年前です。
ちょうど、ウエジョビ(上田情報ビジネス専門学校)が
「心の教育」に力を入れ始めた時です。

石田さんとの出会いは
もう、考えれば考えるほど、
絶妙なタイミングでした。
石田さんとの出会いをきっかけに、
ウエジョビは、ドンドン変わっていったと言っても
過言ではないと思います。
ずいぶんいろんなことを教えていただき、
ずいぶんたくさん、背中を押していただきました。
そして、ウエジョビが大きく変わるきっかけとなった出会いを
たくさんたくさん持ってきてくださいました。
石田さんのおかげで、
かけがえのないご縁がたくさんできたのです。
石田さんは「経営コンサルタント」を職業としています。
出合った当時の2004年は、ちょうど
大学や専門学校を担当されていました。
「コンサルタント」と言うと、
なんだか「やり方」ばかりの人
というイメージがあるかもれません。
「こうやれば儲かりますよ」とか
「こうすれば、お客さんに商品を買わせることができますよ」
なんて言いそうな職業、と思う人もいるかもしれません。
でも石田さんは違うんです。
何よりも「心」「あり方」を大事にしているんです。
アツい男です。
だから、比田井和孝とも気があうんですね。
私も、比田井和孝も石田さんにはどうしても甘えてしまうんです。
石田さんって、本当に心が広いんですね。^^
本当に、出会えたことに感謝しているんです。
さて、そんな石田さんですが、
現在は、自ら希望して、
幼稚園専門のコンサルタントをされています。
なぜ、「大学・専門学校」のコンサルタントから
「幼稚園」コンサルタントに変わったのでしょうか…?
それには、きっかけとなる出来事があったのでした。
石田さんには、家族がいます。
奥様と、子供3人です。
子供達は、三つ子です。
三つ子の子育ては、
私たちが思う以上に大変だったようです。
3人も赤ちゃんがいると、何をするにも大変です。
例えば買い物をしようと思っても、
2人用のベビーカーを奥様が押し、
もう一人は奥様のお母さまが押して…とでもしなければ、
買い物ひとつできないのです。
毎日のことです。
そんな買い物の最中に一人、二人と泣き出すこともあったでしょうし、
一人オムツを替えようと思えば
残りの二人は目が届かないでしょうし…
ご飯だって、普通の子育ての3倍は手がかかるわけですから、
…ちょっと考えただけでも
実際のところ、ホント大変だっただろうなぁ…と思います。
夜はさらに大変で、一人寝たと思うとまた一人起きて泣き、
やっと静かになるかと思う間もなく
また別の一人がワンワン泣き出し…
奥様と2人で寝られない日々が続いたそうです。
もちろん、寝られないからと言って、
会社を休むわけには行きません。
しかも、仕事も毎日夜遅くまであり、
出張もたくさんあります。
そんな戦場みたいな毎日の生活の中、
2人ともイライラし、ギスギスし、
心にゆとりもなくなり、
身体的にも、精神的にも
ギリギリの状態でした。
「三つ子なんだ、にぎやかでいいね、楽しそうだね~」
とかけられた言葉に、
「人の気も知らないで…」と思い
不機嫌になってしまうこともありました。
…そんな中、
ある一言で、石田さんたちは救われます。
ある幼稚園の先生がかけてくださった一言に
救われたのです。
まさに、「人生を変える一言」だったのです。
そして、
自分をこんなに幸せにしてくれた
幼稚園のために働きたい!
何か役に立てることはないだろうか?
…と、幼稚園専門のコンサルタントになったのです。
さて、気になりますよね。
「幼稚園の先生の一言」。
ということで、続きは明日です!
お楽しみに!^^
---------
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「心の友」をご紹介したいと思います。
船井総合研究所の石田敦志さんという方です。
石田さんとの出会いは6年前です。
ちょうど、ウエジョビ(上田情報ビジネス専門学校)が
「心の教育」に力を入れ始めた時です。

石田さんとの出会いは
もう、考えれば考えるほど、
絶妙なタイミングでした。
石田さんとの出会いをきっかけに、
ウエジョビは、ドンドン変わっていったと言っても
過言ではないと思います。
ずいぶんいろんなことを教えていただき、
ずいぶんたくさん、背中を押していただきました。
そして、ウエジョビが大きく変わるきっかけとなった出会いを
たくさんたくさん持ってきてくださいました。
石田さんのおかげで、
かけがえのないご縁がたくさんできたのです。
石田さんは「経営コンサルタント」を職業としています。
出合った当時の2004年は、ちょうど
大学や専門学校を担当されていました。
「コンサルタント」と言うと、
なんだか「やり方」ばかりの人
というイメージがあるかもれません。
「こうやれば儲かりますよ」とか
「こうすれば、お客さんに商品を買わせることができますよ」
なんて言いそうな職業、と思う人もいるかもしれません。
でも石田さんは違うんです。
何よりも「心」「あり方」を大事にしているんです。
アツい男です。
だから、比田井和孝とも気があうんですね。
私も、比田井和孝も石田さんにはどうしても甘えてしまうんです。
石田さんって、本当に心が広いんですね。^^
本当に、出会えたことに感謝しているんです。
さて、そんな石田さんですが、
現在は、自ら希望して、
幼稚園専門のコンサルタントをされています。
なぜ、「大学・専門学校」のコンサルタントから
「幼稚園」コンサルタントに変わったのでしょうか…?
それには、きっかけとなる出来事があったのでした。
石田さんには、家族がいます。
奥様と、子供3人です。
子供達は、三つ子です。
三つ子の子育ては、
私たちが思う以上に大変だったようです。
3人も赤ちゃんがいると、何をするにも大変です。
例えば買い物をしようと思っても、
2人用のベビーカーを奥様が押し、
もう一人は奥様のお母さまが押して…とでもしなければ、
買い物ひとつできないのです。
毎日のことです。
そんな買い物の最中に一人、二人と泣き出すこともあったでしょうし、
一人オムツを替えようと思えば
残りの二人は目が届かないでしょうし…
ご飯だって、普通の子育ての3倍は手がかかるわけですから、
…ちょっと考えただけでも
実際のところ、ホント大変だっただろうなぁ…と思います。
夜はさらに大変で、一人寝たと思うとまた一人起きて泣き、
やっと静かになるかと思う間もなく
また別の一人がワンワン泣き出し…
奥様と2人で寝られない日々が続いたそうです。
もちろん、寝られないからと言って、
会社を休むわけには行きません。
しかも、仕事も毎日夜遅くまであり、
出張もたくさんあります。
そんな戦場みたいな毎日の生活の中、
2人ともイライラし、ギスギスし、
心にゆとりもなくなり、
身体的にも、精神的にも
ギリギリの状態でした。
「三つ子なんだ、にぎやかでいいね、楽しそうだね~」
とかけられた言葉に、
「人の気も知らないで…」と思い
不機嫌になってしまうこともありました。
…そんな中、
ある一言で、石田さんたちは救われます。
ある幼稚園の先生がかけてくださった一言に
救われたのです。
まさに、「人生を変える一言」だったのです。
そして、
自分をこんなに幸せにしてくれた
幼稚園のために働きたい!
何か役に立てることはないだろうか?
…と、幼稚園専門のコンサルタントになったのです。
さて、気になりますよね。
「幼稚園の先生の一言」。
ということで、続きは明日です!
お楽しみに!^^
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2009年12月29日
85 成幸は人との出会いが運んでくる

さて、今日は
5月に聴いた喜多川泰さんの講演の話をしようと思います。
テーマは「挑戦する勇気がすべてを拓く」でした。
最初にこんなお話をされていました。
「ナイフは危険ですか?
それとも便利ですか?」
答えは両方正しいですよね。
使い方を間違えると、とても危険ですが、
ちゃんと使えば、こんなに便利なものはありません。
ですから、この世の中からナイフはなくなりませんよね。
「ナイフ」と「勉強」も一緒だって、おっしゃるんです。
私も同感です。
ナイフは使い方を間違えると、他人を傷つけます。
勉強も、使い方を間違えると
他人を傷つけることもあるかもしれませんし、
場合によっては「自分」を傷つけることもあります。
例えば、「勉強さえできていればいいんだ」という人は、
それによって、勉強のできない人を傷つけてしまうかも知れませんし、
そんな生き方をしていって、
一番傷つくのは自分だってことだと思うんです。
やっぱり、「あり方」が大事だって事ですよね。納得です。
そして、こんなお話もしてくれました。
喜多川さんは「成功者」という言葉を使う時、
「成幸者」という字を使います。
「成功」ではなくて「成幸」です。
「成功者」というのは
何となく「お金持ちになった人」とか、
「社長になった人」とか「有名になった人」という
イメージがありますよね。
でも「成幸者」はその字の通りで
「幸せを成した人」です。
さて、その「成幸者」には、
どうしたらなれるんでしょう?
ここからが、喜多川さんの凄いところなんですが・・・。
こんな風におっしゃっていました。
これから「成功したい!」
(あえて「成功」という文字を使っています)
と思っている人は、
「どうしたら成功できるだろうか?」
と考える時、こんな風に考える人が多いそうです。
例えば、
・自分がもっと頑張らなくては・・・。
・自分がもっと努力をしなくては・・・。
・自分がもっとツイていなくては・・・。
と、「自分が・・・」って考えてしまうんです。
ところが、すでに「成幸者」(ここは「成幸」です)に
なっている人に、
「あなたはなぜ、成幸できたのですか?」と聞くと、
こんな答えが帰ってくるそうです。
・あのとき、あの人が、あんなチャンスをくれた。
・あのとき、あの人と出会うことができた。
・あのとき、あの人が助けてくれた。
・あのとき、あの人がこんなことを言ってくれた。
と、「あの人が・・・」って言うんです。
私はこの話を聴いて、
「なるほど!確かにそうだ!」と
メチャクチャ納得してしまいました。
こう言うと、
「じゃぁ、自分が努力しなくても
成幸者になれるってこと?」
って思ってしまう人がいるかもしれませんが
そういうことを言いたいのではありません。
喜多川さんはこう言っています。
「努力をしない人が、成幸することはない。
しかし、自分の努力だけでは成幸なんてできない」と。
つまり、自分が努力をするのはあたりまえなのですが、
最後に「成幸」を運んできてくれるのは、
「他の人」ってことです。
つまり、どんな成幸も
「人との出会い」が運んできてくれるってことなんです。
出逢った人から
「あなたを助けてあげたい」
「あなたの力になりたい」
「あなたに喜んでもらいたい」と思ってもらえたときに
「成幸」はやってきます。
「自分はこんなに頑張っているのに、なぜかうまくいかない」
という人の中には、
もしかすると
「自分さえ、頑張っていれば・・・」
「自分さえ、努力をしていれば・・・」
という思いがあるのかもしれませんね。
そんな時は、
「自分が、自分が・・・」ではなくて、
「周りはどうなんだろうか?」と
たまには考えてみるのもいいかもしれませんね。
周りの人の喜ぶことをしてみたらいいですよね。
そして、一つひとつの「出逢い」を
大切にすることが大事ですよね。
もちろん、自分を犠牲にしてしまって、
「自分は不幸でも、周りの人が幸せなら、それでいいの」
なんて生き方はお勧めしません。
「成功したい」と思っている人(今は成幸していない人)は
「自分が○○しなければ…」と思っていて、
すでに「成幸」している人が
「あの人のおかげで…」と言う、ということは、
もしかしたら、
周りの人に感謝できる人、
当たり前のことに感謝できる人、
そして、人とのご縁を大切にできる人が
成幸者になれるのかもしれませんね。
そう考えると、
「成功したい」(今は成幸していない)と思っている人も、
もしかしたら、よくよく周りを見渡してみると、
実は、自分のことを心配してくれたり、
協力してくれたりする人が身近にいるのに
それに気付いていないだけなのかもしれませんね。
それに気付ければ、
また考え方も行動も変わってくるような気がします。
喜多川さんの話、奥が深いです!
喜多川さんに興味を持った方は
ぜひ読んでみてくださいね!^^
「賢者の書」
「君と会えたから…」
「手紙屋~僕の就職活動を変えた十通の手紙~」
「手紙屋 蛍雪篇~私の受験勉強を変えた十通の手紙~ 」
「「福」に憑かれた男」そして最新作「上京物語」
喜多川泰オフィシャルブログ 喜多川泰の徒然日記
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2009年12月28日
84 それぞれのX'mas 比田井家の場合
今年のクリスマス、みなさんいかがお過ごしでしたでしょうか?
今日は比田井家のクリスマスのことを書こうと思います。
息子の寛太は5歳です。
去年までは、それほどクリスマスを楽しみにしていたわけではありませんでしたが、
今年は7月頃から
「サンタさんくるかなぁ・・・」と言い出しました。
「お前、サンタさんなんて、
まだ5ヶ月もさきのことだよ」
と言っていましたが、
ちょっと気になって、
「ところで、寛太はなにが欲しいの?」と聞きました。
すると、
「ロボットのおもちゃ!」なんて言うんです。
さぁ、ここからが問題です。
比田井家の教育方針として、人さまから物をもらうのに、
「あれがいい」「これがいい」なんて言うのは、もってのほかです。
ちなみに私も、美恵先生も、
小さい頃サンタさんに「一番欲しい物」なんて、もらったことはありません。
私の場合は、だいたい絵本でした。
おもちゃなんて、一度ももらったことはありませんでした。
美恵先生も、クリスマスに限らず、
おもちゃはひとつも買ってもらったことがないと
言っていました。
それでも、サンタさんが来てくれたというだけで嬉しかったものです。
「ロボットのおもちゃ!」と言った寛太に、
「でもさぁ、プレゼントはサンタさんが決めるんだよ。
もしも、ロボットのおもちゃじゃなかったら、
寛太はどうするの?」
と聞きました。
寛太:「ロボットのおもちゃがいい!」
私:「でもさぁ、もし違ったらどうするの?」
寛太:「ロボットのおもちゃがいい!」
もちろん、「ロボットのおもちゃ」をプレゼントするいう方法もありましたが、
それでは、せっかくの教育のチャンスでもあるクリスマスが
もったいなさ過ぎます。
このままでは、25日の朝、目を覚ました寛太がプレゼントを見て、
「こんなのいらない~!
ロボットのおもちゃがいい~!」
なんて言いだして、
それを聞いた美恵先生が
「サンタさんがせっかく持って来てくれたのに、
どうしてそんなこと言うの?
もう、サンタさんに、
『来年から、うちには来なくていいです』
ってお母さんが伝えておきます」
なんて言ったとしたら、
寛太は大泣き間違いなしです。
楽しいはずのクリスマスが
最悪のクリスマスになってしまいます。
それはマズイと思い、寛太にこう言いました。
「寛太さぁ、ちょっと聞いて。
サンタさんは、
『寛太くんにどんなプレゼントをあげようか?なにがいいかなぁ』って、
寛太に一番ふさわしいプレゼントを
一生懸命に選んで持ってきてくれるんだよ。
それを、寛太が、
『ロボットのおもちゃがいい~!』なんて言ったら、
サンタさんどう思うかなぁ?
寛太が喜んでくれると思って持ってきたのに、
そんなこと言われたら、
サンタさん悲しいと思うんだよね。」
寛太は、わかったのか、わからないのか、
わからないような顔をしていました。
さて、12月に入って、近所のおばちゃんに
「もうすぐ、クリスマスだね~。
寛太くんはサンタさんに何を頼んだの?」と聞かれました。
このときの寛太の一言に
私は感動してしまいました。
寛太:「プレゼントはサンタさんが決めるの・・・。」
お~っ!お前、わかってるじゃ~ん!
って、嬉しかったです。
それが、12月になった頃のことです。
そうして、クリスマスを数日後に控えた頃、
寛太の最大の心配事は・・・
「もしも、去年と同じプレゼントが来たら、どうしよう?」でした。
カワイイですよね~。
私:「それは、大丈夫じゃないかな~。
サンタさんも、
ちゃんと、去年のプレゼントは覚えていると思うよ~」
それでも、かなり心配だったらしく、プレゼントの話になると、
「同じのじゃないのがいい~」と言っていました。
クリスマスイブの前夜も言っていました。
そして寝る前、いつもは布団にもぐって寝る寛太が、
「今日は、頭だけ出して寝る!」って言うんです。
「なんで?」と聞くと。
「サンタさんに頭をなでてもらうから!」
なんていうんです。
もう、たまりませんね~。(親ばかですm(__)m)
夜、寛太がぐっすり寝てしまってから
枕元にプレゼントを置いて、頭をなでながら
「サンタのおじさんが来ましたよ」と
耳元でささやいたのは言うまでもありません。
プレゼントはお決まりの絵本と、
「それでも」と思って、トミカのトラックのミニカーひとつです。

寛太の望んでいたものからすると、かなりのランクダウンです。
それでも、朝、プレゼントを見つけた寛太は
「ヤッター!!!」と大喜びで、
絵本とミニカーで遊んでいました。
ちょっと、ほっとしたクリスマスでした。
----------
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今日は比田井家のクリスマスのことを書こうと思います。
息子の寛太は5歳です。
去年までは、それほどクリスマスを楽しみにしていたわけではありませんでしたが、
今年は7月頃から
「サンタさんくるかなぁ・・・」と言い出しました。
「お前、サンタさんなんて、
まだ5ヶ月もさきのことだよ」
と言っていましたが、
ちょっと気になって、
「ところで、寛太はなにが欲しいの?」と聞きました。
すると、
「ロボットのおもちゃ!」なんて言うんです。
さぁ、ここからが問題です。
比田井家の教育方針として、人さまから物をもらうのに、
「あれがいい」「これがいい」なんて言うのは、もってのほかです。
ちなみに私も、美恵先生も、
小さい頃サンタさんに「一番欲しい物」なんて、もらったことはありません。
私の場合は、だいたい絵本でした。
おもちゃなんて、一度ももらったことはありませんでした。
美恵先生も、クリスマスに限らず、
おもちゃはひとつも買ってもらったことがないと
言っていました。
それでも、サンタさんが来てくれたというだけで嬉しかったものです。
「ロボットのおもちゃ!」と言った寛太に、
「でもさぁ、プレゼントはサンタさんが決めるんだよ。
もしも、ロボットのおもちゃじゃなかったら、
寛太はどうするの?」
と聞きました。
寛太:「ロボットのおもちゃがいい!」
私:「でもさぁ、もし違ったらどうするの?」
寛太:「ロボットのおもちゃがいい!」
もちろん、「ロボットのおもちゃ」をプレゼントするいう方法もありましたが、
それでは、せっかくの教育のチャンスでもあるクリスマスが
もったいなさ過ぎます。
このままでは、25日の朝、目を覚ました寛太がプレゼントを見て、
「こんなのいらない~!
ロボットのおもちゃがいい~!」
なんて言いだして、
それを聞いた美恵先生が
「サンタさんがせっかく持って来てくれたのに、
どうしてそんなこと言うの?
もう、サンタさんに、
『来年から、うちには来なくていいです』
ってお母さんが伝えておきます」
なんて言ったとしたら、
寛太は大泣き間違いなしです。
楽しいはずのクリスマスが
最悪のクリスマスになってしまいます。
それはマズイと思い、寛太にこう言いました。
「寛太さぁ、ちょっと聞いて。
サンタさんは、
『寛太くんにどんなプレゼントをあげようか?なにがいいかなぁ』って、
寛太に一番ふさわしいプレゼントを
一生懸命に選んで持ってきてくれるんだよ。
それを、寛太が、
『ロボットのおもちゃがいい~!』なんて言ったら、
サンタさんどう思うかなぁ?
寛太が喜んでくれると思って持ってきたのに、
そんなこと言われたら、
サンタさん悲しいと思うんだよね。」
寛太は、わかったのか、わからないのか、
わからないような顔をしていました。
さて、12月に入って、近所のおばちゃんに
「もうすぐ、クリスマスだね~。
寛太くんはサンタさんに何を頼んだの?」と聞かれました。
このときの寛太の一言に
私は感動してしまいました。
寛太:「プレゼントはサンタさんが決めるの・・・。」
お~っ!お前、わかってるじゃ~ん!
って、嬉しかったです。
それが、12月になった頃のことです。
そうして、クリスマスを数日後に控えた頃、
寛太の最大の心配事は・・・
「もしも、去年と同じプレゼントが来たら、どうしよう?」でした。
カワイイですよね~。
私:「それは、大丈夫じゃないかな~。
サンタさんも、
ちゃんと、去年のプレゼントは覚えていると思うよ~」
それでも、かなり心配だったらしく、プレゼントの話になると、
「同じのじゃないのがいい~」と言っていました。
クリスマスイブの前夜も言っていました。
そして寝る前、いつもは布団にもぐって寝る寛太が、
「今日は、頭だけ出して寝る!」って言うんです。
「なんで?」と聞くと。
「サンタさんに頭をなでてもらうから!」
なんていうんです。
もう、たまりませんね~。(親ばかですm(__)m)
夜、寛太がぐっすり寝てしまってから
枕元にプレゼントを置いて、頭をなでながら
「サンタのおじさんが来ましたよ」と
耳元でささやいたのは言うまでもありません。
プレゼントはお決まりの絵本と、
「それでも」と思って、トミカのトラックのミニカーひとつです。

寛太の望んでいたものからすると、かなりのランクダウンです。
それでも、朝、プレゼントを見つけた寛太は
「ヤッター!!!」と大喜びで、
絵本とミニカーで遊んでいました。
ちょっと、ほっとしたクリスマスでした。
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2009年12月27日
それぞれのX'mas 木下家の場合3
さて、木下晴弘先生からお聴きした、
「それぞれのX'mas 木下家の場合」の続きです。
(↓まだ読んでない方は、コチラを先に読んでくださいね
それぞれのX'mas 木下家の場合1
それぞれのX'mas 木下家の場合2)
比田井和孝 人生の師匠、木下晴弘さんのある年のクリスマスのことです。
(前回までのあらすじ)
クリスマスの朝、
木下さんの娘さんのところに届いたプレゼント
「キッズコンピュータ」が動きません。
故障していたのです。
「私が悪い子だったから?」と
泣きじゃくる娘さん。
木下さんは、おもちゃ屋に電話したのですが、
「メーカーに電話してください」と言われます。
しかし、何度電話してもメーカーの電話はつながらず、
夕方、再度おもちゃ屋さんに電話をします。
ところが、
「メーカー側の責任です」とつれない返事。
木下さんはあきらめ、最後にこう伝えます。
「私があなたのお店で買ったものは
おもちゃじゃないんです。
夢と感動にお金を払ったんです」
そう言って電話を切ろうとしたときでした。
(前回までのあらすじはここまで。
ここから先は、
「プチ紳士からの手紙」に掲載された
木下晴弘さんのお話からの引用です)

「ちょっと待ってください」
今まで黙って私のお話を聞いてくださっていたその方が
突然そういわれたのです。
「私に少し時間をいただけますか?」
意外な言葉に私は驚きました。
そして彼は続けてこうおっしゃいました。
「お買い上げいただいたキッズコンピュータは人気商品で、
うちの店に在庫がないのです。
でも、他店にはあまっているところがあるかもしれません。
それを探す時間を私にいただけますか?」
驚いた私はとっさに、
「もちろんです! どうぞよろしくお願いいたします」
と答えました。
その瞬間からひたすら待つ時間が始まりました。
冬の夕方は、あっという間に夜の帳に変わります。
1時間、2時間、3時間…
結局、夜の9時になっても連絡はありませんでした。
子ども達をお風呂に入れ、寝かしつける時刻です。
「さあ、いい子は寝る時間だよ!」
そういって子供達に添い寝をしました。
泣き疲れた娘はすぐに目を閉じ眠りについてゆきます。
私は内心、
(ああ、おもちゃは間に合わなかったな。
こんなクリスマスもあるよな)と、
自分に言い聞かせていました。
そのときでした。
「ピンポ~ン」。
誰かやってきたのです。
私は(ひょっとしたら!)と思い、
子ども達には寝るように伝え、表に出ました。
玄関を開けると、そこには
待ち焦がれていたおもちゃ店の責任者の方が立っておられました。
しかし、彼をみた瞬間、
私は絶句し、言葉を失ったのです。
なぜなら、
彼は全身真っ赤なサンタクロースの服を着ていたのです。
あごには真っ白なひげ…
そう、そこにいたのは
紛れもなくサンタクロースそのものだったのです。
彼はこう言いました。
「サンタがやってきました!
お子さんをお呼びください!」
私は夢中でした。
「早く! 起きておいで!」
驚いて起きてきた子供達がその姿を見たとたん、
「うわ~サンタだ!
サンタがやってきた!」
飛び跳ねて喜んでいるのです。
サンタは娘に新しいおもちゃを渡しながら
こう言いました。
「ごめんね。
おもちゃが壊れていたんだね。
忙しくて確認できなかったんだ。
はい、これはちゃんと動くからね。
我慢して待っていてくれたんだね。
おりこうさんだね。
この調子でパパやママの言うことをしっかり聴くんだよ。
来年もまた来るからね」
娘の満面の笑顔を見て、
私はあふれる涙を止められませんでした。
こんな素敵なクレーム対応を受けられるなんて…
その夜、我が家には夜遅くまで笑い声が響いていました。
----------
「プチ紳士からの手紙」に書いてあったのは
ここまでですが、
木下晴弘さんの著書、
「ココロでわかると必ず人は伸びる」には、さらに続きが書いてあります。
この後、
子ども達を部屋に返した後、
木下さんは、サンタに伝えました。
「よくぞ子ども達に、夢をつないでくれました。」
「いいえ、先ほど木下さんが言われた、
『売っているのはおもちゃではない、
夢と感動である』と言う言葉、
今、私も本当にその通りだと思います。」
そう言って泣くサンタさんに、
また、木下さんももらい泣きしたそうです。
…木下さんは、関西の大手進学予備校で
ダントツの合格成績を上げ、
生徒や保護者からの絶大な支持を受け、
カリスマ教師と呼ばれていた方です。
どんな風に生徒を指導したんだろう?
…と興味があるところだと思いますが、
木下さんが大事にしていたのは、「心」の部分なのです。
「頭でわかっても
心でわかっていなかったら、
人は行動しない」
と考え、
人の心に感動を与え、
自ら「行動したい!」という気持ちにさせる、
そんな授業をしてきた方なのです。
だからこそ、
今回も、こんな素敵な出来事が起こったんでしょうね。
このおもちゃ屋さん、後で
「忘れかけていた大切なことを
思い出させてくださって
ありがとうございました」
と何度も何度もお礼をされたそうです。
木下さんから聞いたお話の中には、
まだまだいろんな感動のドラマがあります。
また機会があったらお伝えしますね。
【参考】
志賀内泰弘さんの「プチ紳士を探せ!運動」
「ココロでわかると必ず人は伸びる」(著:木下晴弘 総合法令出版)
---------
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「それぞれのX'mas 木下家の場合」の続きです。
(↓まだ読んでない方は、コチラを先に読んでくださいね
それぞれのX'mas 木下家の場合1
それぞれのX'mas 木下家の場合2)
比田井和孝 人生の師匠、木下晴弘さんのある年のクリスマスのことです。
(前回までのあらすじ)
クリスマスの朝、
木下さんの娘さんのところに届いたプレゼント
「キッズコンピュータ」が動きません。
故障していたのです。
「私が悪い子だったから?」と
泣きじゃくる娘さん。
木下さんは、おもちゃ屋に電話したのですが、
「メーカーに電話してください」と言われます。
しかし、何度電話してもメーカーの電話はつながらず、
夕方、再度おもちゃ屋さんに電話をします。
ところが、
「メーカー側の責任です」とつれない返事。
木下さんはあきらめ、最後にこう伝えます。
「私があなたのお店で買ったものは
おもちゃじゃないんです。
夢と感動にお金を払ったんです」
そう言って電話を切ろうとしたときでした。
(前回までのあらすじはここまで。
ここから先は、
「プチ紳士からの手紙」に掲載された
木下晴弘さんのお話からの引用です)
「ちょっと待ってください」
今まで黙って私のお話を聞いてくださっていたその方が
突然そういわれたのです。
「私に少し時間をいただけますか?」
意外な言葉に私は驚きました。
そして彼は続けてこうおっしゃいました。
「お買い上げいただいたキッズコンピュータは人気商品で、
うちの店に在庫がないのです。
でも、他店にはあまっているところがあるかもしれません。
それを探す時間を私にいただけますか?」
驚いた私はとっさに、
「もちろんです! どうぞよろしくお願いいたします」
と答えました。
その瞬間からひたすら待つ時間が始まりました。
冬の夕方は、あっという間に夜の帳に変わります。
1時間、2時間、3時間…
結局、夜の9時になっても連絡はありませんでした。
子ども達をお風呂に入れ、寝かしつける時刻です。
「さあ、いい子は寝る時間だよ!」
そういって子供達に添い寝をしました。
泣き疲れた娘はすぐに目を閉じ眠りについてゆきます。
私は内心、
(ああ、おもちゃは間に合わなかったな。
こんなクリスマスもあるよな)と、
自分に言い聞かせていました。
そのときでした。
「ピンポ~ン」。
誰かやってきたのです。
私は(ひょっとしたら!)と思い、
子ども達には寝るように伝え、表に出ました。
玄関を開けると、そこには
待ち焦がれていたおもちゃ店の責任者の方が立っておられました。
しかし、彼をみた瞬間、
私は絶句し、言葉を失ったのです。
なぜなら、
彼は全身真っ赤なサンタクロースの服を着ていたのです。
あごには真っ白なひげ…
そう、そこにいたのは
紛れもなくサンタクロースそのものだったのです。
彼はこう言いました。
「サンタがやってきました!
お子さんをお呼びください!」
私は夢中でした。
「早く! 起きておいで!」
驚いて起きてきた子供達がその姿を見たとたん、
「うわ~サンタだ!
サンタがやってきた!」
飛び跳ねて喜んでいるのです。
サンタは娘に新しいおもちゃを渡しながら
こう言いました。
「ごめんね。
おもちゃが壊れていたんだね。
忙しくて確認できなかったんだ。
はい、これはちゃんと動くからね。
我慢して待っていてくれたんだね。
おりこうさんだね。
この調子でパパやママの言うことをしっかり聴くんだよ。
来年もまた来るからね」
娘の満面の笑顔を見て、
私はあふれる涙を止められませんでした。
こんな素敵なクレーム対応を受けられるなんて…
その夜、我が家には夜遅くまで笑い声が響いていました。
----------
「プチ紳士からの手紙」に書いてあったのは
ここまでですが、
木下晴弘さんの著書、
「ココロでわかると必ず人は伸びる」には、さらに続きが書いてあります。
この後、
子ども達を部屋に返した後、
木下さんは、サンタに伝えました。
「よくぞ子ども達に、夢をつないでくれました。」
「いいえ、先ほど木下さんが言われた、
『売っているのはおもちゃではない、
夢と感動である』と言う言葉、
今、私も本当にその通りだと思います。」
そう言って泣くサンタさんに、
また、木下さんももらい泣きしたそうです。
…木下さんは、関西の大手進学予備校で
ダントツの合格成績を上げ、
生徒や保護者からの絶大な支持を受け、
カリスマ教師と呼ばれていた方です。
どんな風に生徒を指導したんだろう?
…と興味があるところだと思いますが、
木下さんが大事にしていたのは、「心」の部分なのです。
「頭でわかっても
心でわかっていなかったら、
人は行動しない」
と考え、
人の心に感動を与え、
自ら「行動したい!」という気持ちにさせる、
そんな授業をしてきた方なのです。
だからこそ、
今回も、こんな素敵な出来事が起こったんでしょうね。
このおもちゃ屋さん、後で
「忘れかけていた大切なことを
思い出させてくださって
ありがとうございました」
と何度も何度もお礼をされたそうです。
木下さんから聞いたお話の中には、
まだまだいろんな感動のドラマがあります。
また機会があったらお伝えしますね。
【参考】
志賀内泰弘さんの「プチ紳士を探せ!運動」
「ココロでわかると必ず人は伸びる」(著:木下晴弘 総合法令出版)
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2009年12月26日
それぞれのX'mas 木下家の場合2
さて、木下晴弘先生からお聴きした、
「それぞれのX'mas 木下家の場合」の続きです。
(↓まだ読んでない方は、コチラを先に読んでくださいね
それぞれのX'mas 木下家の場合1)
木下さんから、
「今の自分にふさわしいプレゼントをお願いしないと、
サンタさんは聞いてくれないと思うよ」
と聞いている子供達は、
クリスマス前はものすごく頑張っています。
ふさわしい自分になろうと、
お手伝いをしたりして、
ドキドキしながらクリスマスを迎えるんですね。
そんな木下家のある年のクリスマスのことが、
志賀内泰弘さんの、「プチ紳士からの手紙」に載っていました。

「感動が人を動かす」
~おもちゃ屋さんのサンタクロース~
今から8年ほど前のことです。
我が家には幼稚園に通う、年長の娘と年少の息子がおりました。
12月に入ってまもなく、私たち夫婦は、
「今年はサンタさんにどんなお願いをするの?」と
尋ねました。
「ぼくはガオレンジャーのロボットをもらうんだ!」
「私はキッズコンピュータがほしいの」と口々に答える彼ら。
私たちはイヴの夜、眠りについた子ども達の枕元におもちゃを置いて、
翌朝、彼らがそれを見つけて遊ぶことによって、
豊かな心を育みたいと考えていたのです。
子供達にとっては待ち遠しい数週間が過ぎ、
ついにその日がやってきました。
なかなか寝付けない彼らも
「早く寝ないとサンタさんが来ないよ!」の一言で
眠りについていきます。
そして翌朝。彼らは枕元を見て大騒ぎ!
「サンタさんがきた~!」。
早速、おもちゃを確認してまた大騒ぎ。
いつものクリスマスの風景がこのまま続くと信じていました。
ところが…、娘に贈った「キッズコンピュータ」が故障していたのです。
電源を押してもスイッチが入りません。

娘は何度も電源を入れ続け、
そしてついにポロポロと涙をこぼし始めたのです。
「ねぇ、わたしがわるいこだったから…、
おもちゃ、こわれているの?」
「そんなことはない!
サンタさんは、世界中のお家を一晩で回ってるんだ。
だから壊れてるかどうか確認する暇がなかったんだよ。
もう一度お願いしてみようじゃないか。
ひょっとしたら、またサンタさんが来てくれるかもしれないよ」
私は泣きじゃくる娘にそう伝えるのがやっとでした。
このとき、落胆の渦中にいる私たちには、
その日の夜に起こる幸せな出来事を
予測することなどできませんでした。
私達は娘にわからないように、
開店時刻を待っておもちゃ屋さんに電話をかけました。
「お忙しい時期にすみません。
先日購入したおもちゃが壊れておりまして…」
すると責任者の方が言われました。
「ああ、それはメーカーの責任になります。
製造元のお客様相談センターに直接ご連絡してください」
私達は釈然としないままに
「わかりました」と答え、
お客様相談センターに連絡しました。
ところが、話し中でつながらないのです。
30分程の間隔で何度もかけました。
結局、夕方まで一度もつながりませんでした。
娘は泣き続けていました。
私は、藁にもすがる想いで
再度おもちゃ屋さんに電話をいれました。
先ほどの責任者の方に
状況を相談してみようと思ったのです。
「すみません、センターにつながらないのです」
「何度もお伝えしますが、
それはメーカー側の責任なのです」
不毛なやり取りが続くと感じた私は、あきらめました。
そして最後にこう伝えたのです。
「ありがとうございました。あきらめます。
ただ、最後に
ひとつだけ知っておいていただきたいことがあります。
私があなたのお店で買ったもの、
それはおもちゃではないということです。
本当はあるはずのないサンタの国が
子ども達の心にだけあります。
おもちゃを願い、
いい子にしていようと誓い、
やがてその日がやってくる。
彼らは枕元に置かれたおもちゃを見つけ、
『ああ、サンタのくには、ほんとうにあるんだ!』
と喜び、
心を躍らせながらそのおもちゃで遊ぶ。
私はその夢と感動にお金を払いました。
だから、今日という日に
そのおもちゃで子ども達が遊べること、
それがどれほど大切なことであるか。
それだけはわかってやってください。
何度もお電話してすみませんでした」
そういって電話を切ろうとしたときでした。
…さぁ、クライマックスはこれからですが、
長くなりましたので、続きはまた明日!
----------
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「それぞれのX'mas 木下家の場合」の続きです。
(↓まだ読んでない方は、コチラを先に読んでくださいね
それぞれのX'mas 木下家の場合1)
木下さんから、
「今の自分にふさわしいプレゼントをお願いしないと、
サンタさんは聞いてくれないと思うよ」
と聞いている子供達は、
クリスマス前はものすごく頑張っています。
ふさわしい自分になろうと、
お手伝いをしたりして、
ドキドキしながらクリスマスを迎えるんですね。
そんな木下家のある年のクリスマスのことが、
志賀内泰弘さんの、「プチ紳士からの手紙」に載っていました。
「感動が人を動かす」
~おもちゃ屋さんのサンタクロース~
今から8年ほど前のことです。
我が家には幼稚園に通う、年長の娘と年少の息子がおりました。
12月に入ってまもなく、私たち夫婦は、
「今年はサンタさんにどんなお願いをするの?」と
尋ねました。
「ぼくはガオレンジャーのロボットをもらうんだ!」
「私はキッズコンピュータがほしいの」と口々に答える彼ら。
私たちはイヴの夜、眠りについた子ども達の枕元におもちゃを置いて、
翌朝、彼らがそれを見つけて遊ぶことによって、
豊かな心を育みたいと考えていたのです。
子供達にとっては待ち遠しい数週間が過ぎ、
ついにその日がやってきました。
なかなか寝付けない彼らも
「早く寝ないとサンタさんが来ないよ!」の一言で
眠りについていきます。
そして翌朝。彼らは枕元を見て大騒ぎ!
「サンタさんがきた~!」。
早速、おもちゃを確認してまた大騒ぎ。
いつものクリスマスの風景がこのまま続くと信じていました。
ところが…、娘に贈った「キッズコンピュータ」が故障していたのです。
電源を押してもスイッチが入りません。

娘は何度も電源を入れ続け、
そしてついにポロポロと涙をこぼし始めたのです。
「ねぇ、わたしがわるいこだったから…、
おもちゃ、こわれているの?」
「そんなことはない!
サンタさんは、世界中のお家を一晩で回ってるんだ。
だから壊れてるかどうか確認する暇がなかったんだよ。
もう一度お願いしてみようじゃないか。
ひょっとしたら、またサンタさんが来てくれるかもしれないよ」
私は泣きじゃくる娘にそう伝えるのがやっとでした。
このとき、落胆の渦中にいる私たちには、
その日の夜に起こる幸せな出来事を
予測することなどできませんでした。
私達は娘にわからないように、
開店時刻を待っておもちゃ屋さんに電話をかけました。
「お忙しい時期にすみません。
先日購入したおもちゃが壊れておりまして…」
すると責任者の方が言われました。
「ああ、それはメーカーの責任になります。
製造元のお客様相談センターに直接ご連絡してください」
私達は釈然としないままに
「わかりました」と答え、
お客様相談センターに連絡しました。
ところが、話し中でつながらないのです。
30分程の間隔で何度もかけました。
結局、夕方まで一度もつながりませんでした。
娘は泣き続けていました。
私は、藁にもすがる想いで
再度おもちゃ屋さんに電話をいれました。
先ほどの責任者の方に
状況を相談してみようと思ったのです。
「すみません、センターにつながらないのです」
「何度もお伝えしますが、
それはメーカー側の責任なのです」
不毛なやり取りが続くと感じた私は、あきらめました。
そして最後にこう伝えたのです。
「ありがとうございました。あきらめます。
ただ、最後に
ひとつだけ知っておいていただきたいことがあります。
私があなたのお店で買ったもの、
それはおもちゃではないということです。
本当はあるはずのないサンタの国が
子ども達の心にだけあります。
おもちゃを願い、
いい子にしていようと誓い、
やがてその日がやってくる。
彼らは枕元に置かれたおもちゃを見つけ、
『ああ、サンタのくには、ほんとうにあるんだ!』
と喜び、
心を躍らせながらそのおもちゃで遊ぶ。
私はその夢と感動にお金を払いました。
だから、今日という日に
そのおもちゃで子ども達が遊べること、
それがどれほど大切なことであるか。
それだけはわかってやってください。
何度もお電話してすみませんでした」
そういって電話を切ろうとしたときでした。
…さぁ、クライマックスはこれからですが、
長くなりましたので、続きはまた明日!
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2009年12月25日
それぞれのX'mas 木下家の場合1
きのう、「プチ紳士からの手紙」が届きました。
これは、先日ブログでも紹介した、
志賀内泰弘さんの、「プチ紳士・プチ淑女を探せ!」運動のひとつで、
「ちょっといい話」を集めて、掲載している月刊誌です。

今月は、木下晴弘先生の、
クリスマスにまつわるお話が載っていたんですが、
とても感動的なステキなお話でした。
このブログでも、ご紹介しようと思うのですが、
その前に
木下家のクリスマス前の様子をお伝えします。
メルマガ「私が一番受けたいココロの授業」の前号でも
掲載したのですが、その話から書きますね。
(メルマガ読者の方は、同じ話でゴメンなさい)
木下さんは、子ども達に、
2つのことを伝えているそうです。
1つ目。
「サンタさんは、いつも見ているから、
いい子にしていれば、
プレゼントをくれると思うよ」
2つ目。
「今の自分にふさわしいプレゼントをお願いしないと、
サンタさんは聞いてくれないと思うよ」
12月上旬、子供達は、
自分が欲しいものを書いて、
靴下の中に入れておくそうです。
その手紙にサンタさんが納得すれば、
手紙を持って行ってくれるんですね。
手紙を入れた翌日から、
子供達は毎朝、起きるとすぐに、
靴下の中をのぞきこみます。
…まだ、手紙は入ったままです。
その次の日も、次の日も…。
サンタさんは、
なかなか手紙を持っていってくれないんですね。
すると、子供達は悩み始めて、
お父さんに相談に来るそうです。
「サンタさんに○○をお願いしたんだけど、
これって、僕にふさわしくないのかなぁ…?」
「私、いい子じゃないかなぁ…?」
それに対して、木下さんは
「ふさわしくないかもね」とか、
「こうしたほうがいいんじゃない」とかは
いっさい言いません。
「自分はどう思うの?」
「じゃあ、どうしたらいいと思う?」と
子供達に自分で考えてもらうそうです。
さすが、コーチングのプロですね!
子供達は、
プレゼントを変更したり、
「今日から、僕、毎朝新聞を取りに行くよ」
「私は、毎日、庭の木の水やりをする」
というように、
自ら行動を始めるそうです。
そして、毎日毎日、
サンタさんにいい子って認めてもらおうと、
頑張るんですね。
するとある朝、手紙がなくなっているんです。
子供達は、
「サンタさんが、手紙を持っていってくれた!」
と大喜び。
そんな風に、ず~っと前から、
クリスマスの日を楽しみに、
いい子にしている子供達。
けなげですね。かわいらしいです。
ところが、8年前のクリスマスの日に、
ある事件が起こったのです。
…ここから先が、
その「プチ紳士からの手紙」に書いてあるのですが、
続きはまた明日にしますね!
今日は、前置きだけでゴメンなさい。
----------
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これは、先日ブログでも紹介した、
志賀内泰弘さんの、「プチ紳士・プチ淑女を探せ!」運動のひとつで、
「ちょっといい話」を集めて、掲載している月刊誌です。
今月は、木下晴弘先生の、
クリスマスにまつわるお話が載っていたんですが、
とても感動的なステキなお話でした。
このブログでも、ご紹介しようと思うのですが、
その前に
木下家のクリスマス前の様子をお伝えします。
メルマガ「私が一番受けたいココロの授業」の前号でも
掲載したのですが、その話から書きますね。
(メルマガ読者の方は、同じ話でゴメンなさい)
木下さんは、子ども達に、
2つのことを伝えているそうです。
1つ目。
「サンタさんは、いつも見ているから、
いい子にしていれば、
プレゼントをくれると思うよ」
2つ目。
「今の自分にふさわしいプレゼントをお願いしないと、
サンタさんは聞いてくれないと思うよ」
12月上旬、子供達は、
自分が欲しいものを書いて、
靴下の中に入れておくそうです。
その手紙にサンタさんが納得すれば、
手紙を持って行ってくれるんですね。
手紙を入れた翌日から、
子供達は毎朝、起きるとすぐに、
靴下の中をのぞきこみます。
…まだ、手紙は入ったままです。
その次の日も、次の日も…。
サンタさんは、
なかなか手紙を持っていってくれないんですね。
すると、子供達は悩み始めて、
お父さんに相談に来るそうです。
「サンタさんに○○をお願いしたんだけど、
これって、僕にふさわしくないのかなぁ…?」
「私、いい子じゃないかなぁ…?」
それに対して、木下さんは
「ふさわしくないかもね」とか、
「こうしたほうがいいんじゃない」とかは
いっさい言いません。
「自分はどう思うの?」
「じゃあ、どうしたらいいと思う?」と
子供達に自分で考えてもらうそうです。
さすが、コーチングのプロですね!
子供達は、
プレゼントを変更したり、
「今日から、僕、毎朝新聞を取りに行くよ」
「私は、毎日、庭の木の水やりをする」
というように、
自ら行動を始めるそうです。
そして、毎日毎日、
サンタさんにいい子って認めてもらおうと、
頑張るんですね。
するとある朝、手紙がなくなっているんです。
子供達は、
「サンタさんが、手紙を持っていってくれた!」
と大喜び。
そんな風に、ず~っと前から、
クリスマスの日を楽しみに、
いい子にしている子供達。
けなげですね。かわいらしいです。
ところが、8年前のクリスマスの日に、
ある事件が起こったのです。
…ここから先が、
その「プチ紳士からの手紙」に書いてあるのですが、
続きはまた明日にしますね!
今日は、前置きだけでゴメンなさい。
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2009年12月24日
中村文昭さんのお店に行ってきました!
先日、比田井和孝が、三重県の伊勢市で講演をしてきました。
伊勢といえば、FM長野の「私が一番受けたいココロの授業」でも
ずっとお話をしてきている、中村文昭さんの本拠地です。
このブログでも、中村文明さんのお話を連載していましたよね。
中村さんの本業は「リビングカフェ・クロフネ」というレストランの経営です。
比田井和孝も、せっかく伊勢に行ったので…と、
このお店に寄ってみたそうです。
残念ながらお店は準備中でしたが、
中からホールスタッフのウォーリーさんが出て来てくれました。

写真はお店の前で撮りました。
スゴイですね。さすが、中村さんのところのスタッフです。
このパフォーマンスです。初対面で、いきなりコレです。
さすがです。完全に比田井和孝のほうが負けています!
ところで、
ウォーリーさんというお名前は、本名ではありません。
でも、この店では「ウォーリーさん」で通っているそうです。
本当の苗字を言っても「誰のこと?」という感じなんだそうです。
…お顔を見て、思い出しませんか~?
一時期流行った、「ウォーリーを探せ!」を。

そっくりですよね!
さてさて、その「リビングカフェ クロフネ」ですが、
来年から、完全予約制のレストランになるそうです。
一度、ぜひ行ってみたいです!
中村文昭さんの「予測を上回る仕事」の心が
浸透しているレストラン…考えただけでワクワクします。
なんでも、このお店、一切広告をしていないそうです。
一度来た人が感動して、
いろんな人に話しまくるそうで…
「クチコミだけで人が集まる」
…なんてスゴイです!
このレストランのお得意は「ウェディング」だそうです。
ウェディングパーティーや、
披露宴の二次会などなど…。
私の知人がここで結婚式を挙げてくれたら一番いいのですが…。
(と言っても、三重県には結婚しそうな知人はいません…。^^;)
結婚式でなくても、
いつか、絶対に行ってきます!
その時には、またここで報告しますね!^^
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伊勢といえば、FM長野の「私が一番受けたいココロの授業」でも
ずっとお話をしてきている、中村文昭さんの本拠地です。
このブログでも、中村文明さんのお話を連載していましたよね。
中村さんの本業は「リビングカフェ・クロフネ」というレストランの経営です。
比田井和孝も、せっかく伊勢に行ったので…と、
このお店に寄ってみたそうです。
残念ながらお店は準備中でしたが、
中からホールスタッフのウォーリーさんが出て来てくれました。

写真はお店の前で撮りました。
スゴイですね。さすが、中村さんのところのスタッフです。
このパフォーマンスです。初対面で、いきなりコレです。
さすがです。完全に比田井和孝のほうが負けています!
ところで、
ウォーリーさんというお名前は、本名ではありません。
でも、この店では「ウォーリーさん」で通っているそうです。
本当の苗字を言っても「誰のこと?」という感じなんだそうです。
…お顔を見て、思い出しませんか~?
一時期流行った、「ウォーリーを探せ!」を。

そっくりですよね!
さてさて、その「リビングカフェ クロフネ」ですが、
来年から、完全予約制のレストランになるそうです。
一度、ぜひ行ってみたいです!
中村文昭さんの「予測を上回る仕事」の心が
浸透しているレストラン…考えただけでワクワクします。
なんでも、このお店、一切広告をしていないそうです。
一度来た人が感動して、
いろんな人に話しまくるそうで…
「クチコミだけで人が集まる」
…なんてスゴイです!
このレストランのお得意は「ウェディング」だそうです。
ウェディングパーティーや、
披露宴の二次会などなど…。
私の知人がここで結婚式を挙げてくれたら一番いいのですが…。
(と言っても、三重県には結婚しそうな知人はいません…。^^;)
結婚式でなくても、
いつか、絶対に行ってきます!
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2009年12月23日
83 市民に喜んでもらえる幸せな仕事

さて、今日はウエジョビでは「面接ラリー」という行事がありました。
(この記事は、2009年6月に配信されたものです)
以前、「就職ラリー」の話をしたかと思うのですが、
「面接ラリー」は、「就職ラリー」の公務員科バージョンです。
9月に本試験を控えている公務員の学生
総勢140名をウエジョビの先生達みんなで模擬面接をします。
学生たちは本当に緊張をして、
真剣にやってくれました。
見ていて嬉しくなります。
ところが、どうしても学生たちは、
その面接で「好かれるように、正しい事を言おう」と考えます。
ところが、「正しい事を言おう」と考えれば考えるほど、
そこに「心」が入らなくなってしまいます。
その結果、試験官は
「みんな同じような事を言っていて、つまらない」と感じます。
私はいつも、こうアドバイスをします。
「公務員としてふさわしい人しか合格できないんですよ。
だから、残りの数か月で公務員としてふさわしい人に成長してほしい。
そんな人からは、
間違った言葉なんかでてきませんよ。
しかも、その言葉は、
他の誰のマネでもなく、あなたの心から出てくる言葉です。
そんな人を、試験官がほっておくわけがありません。」
学生は納得して帰っていきます。
後は彼らが、
「公務員て、なんだろう?」
「公務員としてふさわしい人間て、どんな人間だろう?」
「何のために公務員になるんだろう?」を
毎日真剣に考えて、
行動できるかどうかですよね。
そして、夕方面接ラリーが終わって、
職員室に帰ってきて、メールをチェックすると、
比田井通信の読者の方から、
こんなメールが届いていました。
ちなみに、以前、講演をさせて頂いた、
ある企業の社員の方からです。
------------------------------
比田井 和孝様
今日は、ちょっと嬉しいことがあったのでメールいたしました。
先週仕事も一段落したので、
久しぶりに呑みに出たのですが
その先で、約20年ぶりの再開がありました。
私は市役所で1年だけ臨時職員で働いたことがあるのですが
その時、部署も違うのに良くしていただいた方(Aさん)でした。
Aさん ズバリ言っていました。
「仕事は人のためにするものだぞ」
「そういう仕事をしていると、必ず大きくなって返ってくる」
「なんか頼まれたら、
びっくりするくらいのことをして返してやれ」
「職場の仲が良くないと、仕事なんて出来ない」
なんか、先生の講演から始まったいろいろな話の実践版でした。
印象に残った話がありました。
Aさんは建築畑で、
自ら設計+用地交渉+建築までこなすような人なのですが、
1回用地交渉で、引っ越ししていただいた人が、
10年後、別の市営住宅絡みの交渉で
また引っ越ししてもらうようなことがあったそうです。
その方は、頑として担当者に首を縦に振らなかったそうですが、
たまたま、Aさんがその部署に異動してきて、一緒に行ったら・・・
「あんたの頼みじゃ、しょうがない。
10年もしないうちに2回も市役所から頼まれて引っ越すとは思わなかった」
って笑いながら、OKが出たそうです。
他にも、同じ状況の人がいらっしゃって、
10年前のAさんの仕事ぶりをしっかり覚えていて
まるで別人のようにOKになったそうです。
Aさん曰く、
「市民のために仕事をして、
道路や公園や住まいをつくって、
喜んでもらって幸せな仕事だ」
20年ぶりに偶然の再開で、
こんな話を聞けた私は幸せ者です。
実践に勝るものはないです。
忙しさで心をなくす様な日々もありましたが、
またスイッチが入りました。
喜んでもらうことの素晴らしさを忘れないように、
日々過ごそうと思いました。
----------------------------------------
世の中には、立派な公務員の方がいらっしゃるんだなぁ、
と思いました。
そして、公務員科の面接ラリーの日に、
こんなメールを頂くなんて、シンクロニシティーを感じました。
こういう仕事の出来る人の事を
「偉大な人」っていうんだと思うんです。
きっと、常に誠意をもって、
住民の為に働いていたんでしょうね。
そして、その姿を
周りの人はちゃんと見ているってことですよね。
10年前の仕事ぶりをちゃんと見ていてくれるんですよね。
やっぱり、「与える者は、与えられる」です。
ウエジョビの学生にも将来、こんな仕事をしてほしいんです。
このメールを送ってくださったYさんという方も、
素晴らしい方なんです。
毎回、こちらが、元気になってしまうメールを送ってくれます。
ありがとうYさん!
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2009年12月22日
82 美徳が悪徳に変わる時

5/23に上田市に
あの「鍵山秀三郎」さんが講演にいらしたんです!
もちろん、行きました。
(この記事は、2009年5月末に配信したものです)
誰、その人?と思った人もいるかもしれませんが、
「ココロの授業」を読んでくれている人だったら、
「あぁ、あの鍵山さん!」と思ってくれたと思います。
そうです、イエローハットの創始者で、
私に「掃除の心」を教えてくれた人です。
ついに、その鍵山さんに逢えたんです。
講演前に、ロビーにいらしたので、
思わず「ココロの授業」をプレゼントし、
一緒に写真を撮ってもらいました。

ホントに素晴らしい方でした。
そのお話の内容を少しだけお話します。
鍵山さんはこんなお話をしてくれました。
「美徳」と「悪徳」は全然違う。
でも気をつけないと「美徳」が「悪徳」に変わってしまう。
例えば
忍耐(美徳)→怨念(悪徳)
謙虚(美徳)→卑屈(悪徳)
調和(美徳)→妥協(悪徳)
勇気(美徳)→粗暴(悪徳)
…確かにそうです。
「美徳」と「悪徳」は全く違うものです。
ところが、一歩間違えるとそれは、
「悪徳」に変わってしまいます。
それを支えるのが「人を愛する心」だって言うんですね。
言い方をかえれば「おもいやりの心」ということでしょうか?
人に対する「おもいやりの心」があれば「美徳」が「悪徳」に
変わることはないですよね。
鍵山さんは40年以上、
会社内はもちろん、会社の周り、新宿駅、歌舞伎町、の掃除をしています。
スライドも見せて頂きましたが、
「そこまでやるか!」というレベルの掃除をしています。
40年ですよ。40年!
そんなことをしていると、周りで見ている人の中には
「そんなことをしても、すぐに元に戻るだけなんだから、ムダだ!」
なんていう人もいます。
でも、鍵山さんはこう言います。
「中途半端にやっても、確かにすぐに元に戻る。
でも、徹底すると、もう元にはもどらない」って…。
う~ん、確かにそうかもしれません。
まさに、「至誠を貫く」ってことですかね。
簡単なことでも、徹底して誠意を持ってやった時、
そこにスゴイパワーが宿るんじゃないでしょうか。
鍵山さんはそんな生き方をしてきた人なんですね。
カッコイイです。
イスに座っていても、背もたれに寄りかからないんですよ。
常にピシッとしていました。
姿勢も見事です。
「この人、やっぱりスゴイなぁ~」と思いました。
また、こんなお話もありました。
「落ち葉」を掃除していると
「こんなに掃除をしても、すぐに落ち葉が落ちてきて意味がない」
という人がいますが、
「落ち葉」にも2種類あるんです。
例えば、木から落ちた「落ち葉」を掃除しないでおくと、
雨で「落ち葉」が濡れて、地面に張り付いてしまいます。
その「落ち葉」を想像してみてください。
あまり、気持ちがいいものではないですよね。
これは、汚い「落ち葉」です。
でも、キレイに掃除した道路や庭に、
「落ち葉」が落ちます。
落ちたてホヤホヤの「落ち葉」です。
こういう「落ち葉」は風情のある「落ち葉」と言います。
あの千利休はお客さんが来ると、
わざわざ、庭にある木を揺らして、
「葉っぱ」を落としたそうです。
「風流」とはこのことです。
こういう違いをわかるのも、美徳ですよね。
でも、この風情を感じられるのも、
毎日キレイに掃除をしているからなんですよね。
掃除は「感動の心」を育てますね。
さぁ、みなさん、掃除をして「感動の心」を育てましょう!
(自分にも言い聞かせています)
参考:「掃除道」(著:鍵山秀三郎 PHP研究所)
(文庫本も出ています)
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2009年12月21日
81 思いやりのある子に育ちますように…

昨日、福岡の博多青松高校で講演をしてきました。
(この記事は、2009年5月に配信されたものです)
昨年の5月に、初めて博多青松高校で講演をして、
今年も呼んでいただきました。
この高校では、1年に1度、
全国から何人も講師の先生を呼んで、
生徒さんは希望の講座を受けます。
昨年、私の講座には、180人ほどの生徒さんが来てくれました。
ところが、今年は2倍の360人以上の生徒さんが集まってくれました。
昨年・今年と続けて聴いてくれた生徒さんもたくさんいました。
本を買ってくれていた人もいました。
私の演台の周りには
「楽しみにしていました!少しでも近くで聴きたくて!」
と言って、何人もの生徒さんが来てくれました。
嬉しかったです。
来てくれたみなさん、ありがとうございました!
今回の福岡行きで私は一冊の本を持って行きました。
「飛鳥へ、そしてまだ見ぬ子へ」(著:井村和清 出版:祥伝社)という本です。
高校生や中学生のみなさんで知っている人は、
ほとんどいないと思います。
それもそのはず、この本は
私が11才、つまり29年前に出版された本なんです。
当時、本なんか読んだことがなかった私でさえ、
この本のタイトルは何度も聞きました。
大ヒットした本なんです。
ところが、私は今日までこの本を読んだことがありませんでした。
たまたま、昨日、荷物にならないようにと選んだ文庫本が
この本だったのです。
内容はだいたい知っていました。
野口嘉則さんや、美恵先生がいいと言っていたので、
いつかは読みたいと思っていたんです。
この本を書いたのは井村和清さん。
当時、30歳の井村はお医者さんでした。
右膝に悪性の腫瘍がみつかり、
その転移を防ぐために、右足を切断します。
義足で仕事にも復帰を果たすのですが、
数ヵ月後に肺への転移がみつかり、
その後、数か月で亡くなってしまいます。
この本はその井村さんが
娘の「飛鳥ちゃん(まだ、1歳ぐらいだと思います)」と
奥さんのおなかの中にいる「まだ見ぬ子」
へ書いた手紙なんです。
その一部を紹介しますね。こんな手紙です。
---------------------------------------
「ふたりの子供たちへ」
心の優しい、思いやりのある子に育ちますように。
悲しいことに、私はお前たちが大きくなるまで待っていられない。
もう、あとどれだけも、
私はおまえたちのそばにいてやれない。
こんな小さなおまえたちを
残していかねばならぬのかと思うと胸が砕けそうだ。
いいかい。心の優しい、思いやりのある子に育ちなさい。
そして、お母さんを大切にしてあげなさい。
おまえたちを育てるために、
お母さんはどんな苦労もいとわなかった。
そして、私にも心を尽くして親切にしてくれた。
父親がいなくても、胸を張って生きなさい。
サン・テグジュペリが書いている。
大切なものはいつだって、目には見えない。
人はとにかく、目に見えるものだけで判断しようとするけれど、
目に見えているものは、いずれは消えてなくなる。
いつまでも残るものは、目には見えないものなのだよ。
人間は死ねば全てが無に帰するわけではない。
目には見えないが、私はいつまでも生きている。
お前たちと一緒に生きている。
だから、私に逢いたくなる日がきたら、手を合わせなさい。
そして、心で私を見つめてごらん。
いま、私は熱がある。咳きこんで苦しい。
けれども、腕が動くあいだに書いておきたいことがある。
これは私が父親としておまえたちに与えうる唯一の贈り物だ。
お母さんを守ってあげなさい。
ふたりの力で守ってあげれば、どんな苦労だって乗り越えられるよ。
そしてもし、私が死んだあと、
お母さんが淋しがっていたら、慰めてあげなさい。
やがて、もしもお母さんの淋しさを忘れさせてくれる人が現れたら、
再婚させてあげなさい。
人間はいつまでもひとりでいるものではない。
ひとりぼっちでいることほど悲しいことはない。
思いやりのある子とは、
まわりの人が悲しんでいればともに悲しみ、
よろこんでいる人がいれば、
その人のために一緒によろこべる人のことだ。
思いやりのある子は、まわりの人を幸せにする。
まわりの人を幸せにする人は、まわりの人々によって、
もっともっと幸せにされる、世界で一番幸せな人だ。
だから、心のやさしい、思いやりのある子に育って欲しい。
それが私の祈りだ。
さようなら。
私はもう、いくらもおまえたちの傍にいてやれない。
お前たちが倒れても、手を貸してやることもできない。
だから、倒れても倒れても自分の力で起き上がりなさい。
さようなら。
おまえたちがいつまでも、いつまでも幸せでありますように。
雪の降る夜に
父より
------------------------------
みなさん、いかがですか?
私は涙が出ました。
この本を読み終えたのは、
羽田から浜松町に向かうモノレールの中です。
この本の最後にお葬式の時に読み上げられた、弔辞が載っていました。
井村さんの働いていた病院の院長先生、友人、親戚の方の弔辞です。
もう読んでいて、涙が止まらなくなってしまいました。
でも、こんなに素晴らしいお父さんをもった
二人のお子さんは幸せですね。
いいお父さんを持ちましたよね。
「思いやりのある子は、まわりの人を幸せにする。
まわりの人を幸せにする人は、
まわりの人々によって、もっともっと幸せにされる、
世界で一番幸せな人だ。」
まさしく、「与える者は与えられる」ですね。
この井村さんは
「自分は患者さんを診るために、医者になりました。
だから、体が動くうちは仕事をします」
と言って、自分の命が数ヶ月しかないとわかってからも
「患者さんを残して、自分だけ逃げられない」と言って働き続けます。
佐藤芳直さんも、
「自分が死ぬ時に、『どんな死に方をしたいか』を考える時、
『生き方』が決まる」と言っています。
「何のために働くのか」ですね。
「飛鳥へ、そしてまだ見ぬ子へ」(著:井村和清 出版:祥伝社)、ぜひ読んでみてください。
今日は長くなってしまいましたね。
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2009年12月20日
中野おもてなし講演会のその後…。
12月5日中野市で行われた、比田井和孝講演会の
主催をしてくださったTさんから、
先日、小包が届きました。
開けてみてびっくり!
まるで宝箱のように、かわいらしいものが、たくさん入っていたのです。

お手紙や、カードや、写真や…。
手作りのクッキーまでありました!
(写真中央。すみません、写真を撮る前にパクパク食べてしまったので
2枚しか残っていません…^^;)
右奥の本は、明科高校の校長先生を退職した
郷道哲章先生が、ずっと出し続けていた
「高校長通信」をまとめた本、「ゼッコーチョウ」です。
以前、信濃毎日新聞の記事で見て、
「読みたい!」と思っていた本だったんです!
私の心を知っているかのように、タイムリーなプレゼント!
そして、右下の「ありがとう」と書いてあるものは、
講演を聞いてくださったみなさんの感想集だったのです。
中を開けると、みなさんの手書きの感想、
そして、すべてのページに、小さなかわいらしいイラストも添えて…。

中には、比田井和孝の似顔絵を書いてくださった方も
いらっしゃいました。

嬉しい感想がたくさん並んでいました。
「挑戦し続けること、最近忘れていました。
何度も涙が出てきました。
大事なことを思い出し、
心に明かりを照らしてもらった思いです。」
「時間があっと言う間で、
感動でこんなに涙があふれとまらない講演会は
初めてでした。
私もまず一歩、ふみ出して生きたいと思います。」
「自分の今を見つめ直し、
幸せを感じることができた
大変有意義な時間でした。
人のためにできること、人を喜ばせること、
私も一つずつやっていきたいと思います。」
「今日も心を洗っていただきました。
また明日、頑張れます。」
「中1の娘と講演会、聞きに来ました。
大丈夫だよ、頑張って!と
言われているような気がしました。
この出会いを大切にしたいと思います。」
「こんなに涙が流れてしまう講演は初めてです。
今日、このお話を聞けたことを幸せに思います。
今、私が子供に対して何をしたらいいのかを知ることができ
本当にラッキーでした。
子供が、自分の力を信じて、世の中の人に喜ばれ、
幸せになってくれるかどうか、これからの私の挑戦になります。」
…もう、感激でした。
比田井和孝は、いつも「少しでもお役に立てれば…」という思いで
お話をさせていただいていますが、
こんなに嬉しい感想をたくさんいただくことができて、
私たちもたくさんの元気と勇気をいただきました。
ありがたいことです。
そして、ここまで、私たちに良くしてくださった
中野市のTさん、本当に、本当にありがとうございました。
Tさんの温かいお人柄から、
たくさんのことを学ばせていただきました。
出会えたことに感謝です!(^-^*)
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主催をしてくださったTさんから、
先日、小包が届きました。
開けてみてびっくり!
まるで宝箱のように、かわいらしいものが、たくさん入っていたのです。

お手紙や、カードや、写真や…。
手作りのクッキーまでありました!
(写真中央。すみません、写真を撮る前にパクパク食べてしまったので
2枚しか残っていません…^^;)
右奥の本は、明科高校の校長先生を退職した
郷道哲章先生が、ずっと出し続けていた
「高校長通信」をまとめた本、「ゼッコーチョウ」です。
以前、信濃毎日新聞の記事で見て、
「読みたい!」と思っていた本だったんです!
私の心を知っているかのように、タイムリーなプレゼント!
そして、右下の「ありがとう」と書いてあるものは、
講演を聞いてくださったみなさんの感想集だったのです。
中を開けると、みなさんの手書きの感想、
そして、すべてのページに、小さなかわいらしいイラストも添えて…。

中には、比田井和孝の似顔絵を書いてくださった方も
いらっしゃいました。

嬉しい感想がたくさん並んでいました。
「挑戦し続けること、最近忘れていました。
何度も涙が出てきました。
大事なことを思い出し、
心に明かりを照らしてもらった思いです。」
「時間があっと言う間で、
感動でこんなに涙があふれとまらない講演会は
初めてでした。
私もまず一歩、ふみ出して生きたいと思います。」
「自分の今を見つめ直し、
幸せを感じることができた
大変有意義な時間でした。
人のためにできること、人を喜ばせること、
私も一つずつやっていきたいと思います。」
「今日も心を洗っていただきました。
また明日、頑張れます。」
「中1の娘と講演会、聞きに来ました。
大丈夫だよ、頑張って!と
言われているような気がしました。
この出会いを大切にしたいと思います。」
「こんなに涙が流れてしまう講演は初めてです。
今日、このお話を聞けたことを幸せに思います。
今、私が子供に対して何をしたらいいのかを知ることができ
本当にラッキーでした。
子供が、自分の力を信じて、世の中の人に喜ばれ、
幸せになってくれるかどうか、これからの私の挑戦になります。」
…もう、感激でした。
比田井和孝は、いつも「少しでもお役に立てれば…」という思いで
お話をさせていただいていますが、
こんなに嬉しい感想をたくさんいただくことができて、
私たちもたくさんの元気と勇気をいただきました。
ありがたいことです。
そして、ここまで、私たちに良くしてくださった
中野市のTさん、本当に、本当にありがとうございました。
Tさんの温かいお人柄から、
たくさんのことを学ばせていただきました。
出会えたことに感謝です!(^-^*)
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2009年12月19日
ご縁をつなぐ人
昨日のブログで、
「志賀内さんはマメで、
志賀内さんのお友達もまたマメだ」とお伝えしましたが、
そんな志賀内さんのお友達から、
ステキなおハガキをいただきました。

ありがとう三段跳び
HOP! ありがとうと感謝します
STEP! ありがとうを伝えます
JUMP! ありがとうと言ってもらえる人になります。
ステキですね!
JUMPしたいです!
こんなステキなハガキを送ってくださったのは、
名古屋市のOさん。
志賀内さんが送ってくださった
「ココロの授業 番外編」の冊子を読んで
感想のハガキを送ってきてくださったのです。
ハガキには、かわいらしい、
「ありがとう」のハンコも押してあります。

私は、Oさんのことは知らなかったのですが、
Oさんがハガキを送ってくださったことによって、
ご縁ができました。
Oさんは、きっと、
いろんな方とのご縁を大切にされているんですね。
Oさんが行動を起こしてくれた(ハガキをくださった)ことによって
ご縁ができたわけで、
本当にありがたいと思います。
その元はというと、
志賀内さんが、
「ココロの授業 番外編」の冊子を送ってくださったことで、
そのさらに元はと言うと、
志賀内さんに、
「私が一番受けたい授業」を送ってくださった、
(書籍化される前に無料で配布していた冊子です)

東京都の五十嵐さんで、
五十嵐さんとのご縁は…
と、こうやって、ご縁の元をたどっていくと、
本当にたくさんの方とのご縁があって、
その人にたどり着いた、ということがわかります。
何かのタイミングでどこか一人でも
出会わなかったとすると、
その人とは出会わなかったわけです。
さらに、単に出合っただけじゃダメで、
そこからさらに、
「ハガキを出す」とか、
「連絡をとる」「会う」などの、
行動をしなければ、ご縁がつながっていきません。
ご縁って、ありがたいし、
たくさんの方とのご縁がある方は、
やっぱり、人を大切にして、
行動しているんですね。みなさん。
ホント勉強になります!
いろんな方との出会いがありますが、
やっぱり自分で行動して、
ご縁を大切につなげていきたいですね。(^-^*)
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「志賀内さんはマメで、
志賀内さんのお友達もまたマメだ」とお伝えしましたが、
そんな志賀内さんのお友達から、
ステキなおハガキをいただきました。

ありがとう三段跳び
HOP! ありがとうと感謝します
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JUMP! ありがとうと言ってもらえる人になります。
ステキですね!
JUMPしたいです!
こんなステキなハガキを送ってくださったのは、
名古屋市のOさん。
志賀内さんが送ってくださった
「ココロの授業 番外編」の冊子を読んで
感想のハガキを送ってきてくださったのです。
ハガキには、かわいらしい、
「ありがとう」のハンコも押してあります。

私は、Oさんのことは知らなかったのですが、
Oさんがハガキを送ってくださったことによって、
ご縁ができました。
Oさんは、きっと、
いろんな方とのご縁を大切にされているんですね。
Oさんが行動を起こしてくれた(ハガキをくださった)ことによって
ご縁ができたわけで、
本当にありがたいと思います。
その元はというと、
志賀内さんが、
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そのさらに元はと言うと、
志賀内さんに、
「私が一番受けたい授業」を送ってくださった、
(書籍化される前に無料で配布していた冊子です)

東京都の五十嵐さんで、
五十嵐さんとのご縁は…
と、こうやって、ご縁の元をたどっていくと、
本当にたくさんの方とのご縁があって、
その人にたどり着いた、ということがわかります。
何かのタイミングでどこか一人でも
出会わなかったとすると、
その人とは出会わなかったわけです。
さらに、単に出合っただけじゃダメで、
そこからさらに、
「ハガキを出す」とか、
「連絡をとる」「会う」などの、
行動をしなければ、ご縁がつながっていきません。
ご縁って、ありがたいし、
たくさんの方とのご縁がある方は、
やっぱり、人を大切にして、
行動しているんですね。みなさん。
ホント勉強になります!
いろんな方との出会いがありますが、
やっぱり自分で行動して、
ご縁を大切につなげていきたいですね。(^-^*)
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2009年12月18日
プチ紳士・プチ淑女
私の尊敬する方の一人に、志賀内泰弘さんがいらっしゃいます。
この方は、「プチ紳士を探せ!」運動をされています。
そっと、見知らぬ人に親切をするような人を
「プチ紳士・プチ淑女」と呼び、
そんな人たちの「いい話」をたくさん教えてくれるのです。
「プチ紳士・プチ淑女」を日本中に増やしましょう、
そうすれば、日本はもっと温かい国になるでしょう…
と、そんな思いで活動をされているのです。
ご著書も8冊ほど出されています。
「みんなで探したちょっといい話」(かんき出版)では、
私の話も取り上げてくださいました。(^-^*)
さて、そんな志賀内さんは、「ひとり新聞」をされています。
自分のことや、思うことを新聞にまとめ、
ご縁のあった方に送っていらっしゃるのです。
そして、先日届いた志賀内さんのひとり新聞「徒然草子」では、
大きく、私たちのことを取り上げてくださいました。
しかも、「この人が好きだ!」コーナーです。

ちょっと恥ずかしいのですが、
志賀内さんが書いてくださった記事をご紹介します。
----------
年の終わりに、もっとも尊敬し、もっとも親しく、
会うだけでもっとも楽しくなる友人夫婦を紹介しましょう。
長野県の上田情報ビジネス専門学校(ウエジョビ)には、
就職対策授業なるものがあります。多くの人が想像するのは、
「企業面接の方法」「面接官の印象をよくする身だしなみ」
などでしょう。
ところが、どっこい、ウエジョビではちょっと違うのです。
「学生に幸せになってほしい」と言うことを基本に置き、
卒業して10年後、20年後に学生が自分達の力で
幸せになれる力を身につけてもらえるように指導しているのです。
その大原則が、三つの約束です。「挨拶」「掃除」「素直」。
こんなことを教える専門学校なんて、
他では聞いたことがありません。
和孝さんが教える「就職対策授業」を奥さんの美恵さんが録音し、
文章化してメールマガジンで配信したところ、これが大人気に。
これがまた「私が一番受けたいココロの授業」というタイトルで
出版され、なんと10万部のベストセラー、いや、ロングセラーに
なっています。…
----------
…とこんな感じです。(o^-^o)
ホントありがたいことです。
そして、
「この徒然草子と一緒に何か同封しましょうか」
というお話を志賀内さんからいただいたので、
せっかくだからと、
「ココロの授業 番外編」という冊子を作って
一緒に送っていただきました。
「私が一番受けたいココロの授業」
には掲載されなかった原稿をまとめて、
校内で印刷したものです。
(A4版で24ページの程度のものですが…^^;)
それを、志賀内さんが、
志賀内さんのお友達の
約1,000人に送ってくださったんですね。
1,000人ってすごいですよね!
志賀内さんって、とってもマメな方で、
何かあると、すぐにハガキやちょっとしたプレゼントを
送ってくださるのです。
少し机を探しただけでもこんなにありました。
もちろん、もっとたくさんいただいています。

志賀内さんの、人を大切にする心には
いつもたくさん勉強させていただいています。
そして、志賀内さんのお友達にも
やっぱりマメな方が多いんですね。
「徒然草子」と「ココロの授業 番外編」を見た方々から、
早速メールやハガキをちょうだいしました。
また、ご縁が広がりました。
私は、志賀内さんにたくさんの良いご縁をいただいています。
ありがたいことです。
「プチ紳士・プチ淑女をさがせ!」のホームページには
心がほっと温かくなるいい話がたくさんのっています。
ちょっとお時間があったら
ぜひのぞいてみてください。
心がやわらかくなりますよ~(^-^*)
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この方は、「プチ紳士を探せ!」運動をされています。
そっと、見知らぬ人に親切をするような人を
「プチ紳士・プチ淑女」と呼び、
そんな人たちの「いい話」をたくさん教えてくれるのです。
「プチ紳士・プチ淑女」を日本中に増やしましょう、
そうすれば、日本はもっと温かい国になるでしょう…
と、そんな思いで活動をされているのです。
ご著書も8冊ほど出されています。
「みんなで探したちょっといい話」(かんき出版)では、
私の話も取り上げてくださいました。(^-^*)
さて、そんな志賀内さんは、「ひとり新聞」をされています。
自分のことや、思うことを新聞にまとめ、
ご縁のあった方に送っていらっしゃるのです。
そして、先日届いた志賀内さんのひとり新聞「徒然草子」では、
大きく、私たちのことを取り上げてくださいました。
しかも、「この人が好きだ!」コーナーです。

ちょっと恥ずかしいのですが、
志賀内さんが書いてくださった記事をご紹介します。
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年の終わりに、もっとも尊敬し、もっとも親しく、
会うだけでもっとも楽しくなる友人夫婦を紹介しましょう。
長野県の上田情報ビジネス専門学校(ウエジョビ)には、
就職対策授業なるものがあります。多くの人が想像するのは、
「企業面接の方法」「面接官の印象をよくする身だしなみ」
などでしょう。
ところが、どっこい、ウエジョビではちょっと違うのです。
「学生に幸せになってほしい」と言うことを基本に置き、
卒業して10年後、20年後に学生が自分達の力で
幸せになれる力を身につけてもらえるように指導しているのです。
その大原則が、三つの約束です。「挨拶」「掃除」「素直」。
こんなことを教える専門学校なんて、
他では聞いたことがありません。
和孝さんが教える「就職対策授業」を奥さんの美恵さんが録音し、
文章化してメールマガジンで配信したところ、これが大人気に。
これがまた「私が一番受けたいココロの授業」というタイトルで
出版され、なんと10万部のベストセラー、いや、ロングセラーに
なっています。…
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…とこんな感じです。(o^-^o)
ホントありがたいことです。
そして、
「この徒然草子と一緒に何か同封しましょうか」
というお話を志賀内さんからいただいたので、
せっかくだからと、
「ココロの授業 番外編」という冊子を作って
一緒に送っていただきました。
「私が一番受けたいココロの授業」
には掲載されなかった原稿をまとめて、
校内で印刷したものです。
(A4版で24ページの程度のものですが…^^;)
それを、志賀内さんが、
志賀内さんのお友達の
約1,000人に送ってくださったんですね。
1,000人ってすごいですよね!
志賀内さんって、とってもマメな方で、
何かあると、すぐにハガキやちょっとしたプレゼントを
送ってくださるのです。
少し机を探しただけでもこんなにありました。
もちろん、もっとたくさんいただいています。

志賀内さんの、人を大切にする心には
いつもたくさん勉強させていただいています。
そして、志賀内さんのお友達にも
やっぱりマメな方が多いんですね。
「徒然草子」と「ココロの授業 番外編」を見た方々から、
早速メールやハガキをちょうだいしました。
また、ご縁が広がりました。
私は、志賀内さんにたくさんの良いご縁をいただいています。
ありがたいことです。
「プチ紳士・プチ淑女をさがせ!」のホームページには
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2009年12月17日
80 人を喜ばせた人にしか見えない世界がある

さて、5月11日に、奥田政行さんの経営するレストランで
食事をした時の話の続きです。
(この記事は、2009年5月19日に配信されたものです)
この日は美恵先生の誕生日だったんです。
たまたま、その日は美恵先生と2人で行ったんです。
「誕生日に奥田シェフの料理が食べられる」
と言うだけでも最高の誕生日ですよね。
ところが、話はまだ終わりません。
な~んと、S・Yワークスの社員の方で、
内藤さんというとっても素敵な女性がいらっしゃるのですが、
この方が奥田シェフに
「当日、誕生日の方がひとりいらっしゃるんです。
なにかお祝いをしたいのですが・・・。」
とお願いをして下さったそうなんです。
その結果、なにが起きたかというと、
そのディーナーの最中に
突然、照明が暗くなり、
そこに登場したのは、でっかいバースデーケーキです。
そのケーキの上には「Happy Birthday Mie Hidai!」
と書かれていました。
そして、芳直さんからは花束を頂きました。
「美恵先生のイメージで作ってもらいました」という、
オレンジ色のお花が印象的な素敵な花束です。

もう、美恵先生も大興奮です。
半泣きです。
もう、なにがなんだかわかっていませんでした。
聞くところによると、そのケーキを作るために、
なんと、奥田さんは
パティシェの方を山形から呼び寄せたそうです。
それも夜行電車ですって!
もう、ビックリです。
「そこまでするか!?」って感じですよね。
また、そのケーキが美味しいんですよ。
こんな美味しいケーキ食べたことない
っていうぐらい美味しいんです。
さすが、奥田シェフが選んだパティシェの方ですよね。
私まで大興奮の一日になりました。
そして、昨日です。
昨日は私の、つ・つ・ついに40歳の誕生日でした。
私にも嬉しいことがたくさんあったんです。
まず、朝起きたら比田井通信読者の方から
「誕生日おめでとうメール」が
早速、届いていました。
学校に行くと、ココロの授業の読者の方から
「かわいいバースデーカード」が
配達日指定で届いていました。
授業に行くと、
始業のあいさつのときに
「比田井先生、誕生日おめでとうございます!」
パチパチパチと盛大な拍手。
そして、職員室に戻ると、机の上に、
学生が持ってきてくれたケーキが置いてあるじゃないですか。
嬉しかったです。
こんなにたくさんの方に祝っていただけた誕生日は初めてでした。
みなさん、本当にありがとうございました。
なんか、今日は美恵先生と私の
「誕生日自慢」みたいになってしまいましたが…
でも、ここで皆さんに伝えたいことは、
「自分も、友達や、親、周りの人が誕生日の時は、
ぜひ、喜ばせてあげよう!」
と思ってほしいんです。
喜多川泰さんが、
「人を喜ばせた人にしか見えない世界がある」
とおっしゃっていましたが、
人を喜ばせる世界の楽しさを
みなさんにも味わってほしいんですね。
きっと、何かが変わると思います。
私も、今回の事で勉強をさせて頂きました。
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2009年12月16日
79 山形を変えた男

さて、先日、佐藤芳直さんのお話を聞きに行ってきました。
もちろん芳直さんのお話も最高でしたし、
ゲストの青谷さんのお話も最高でした。
(この記事は、2009年5月に配信されたものです)
でも、この日はこのあと、
もうひとつお楽しみがあったんです。
なんと、あの「奥田政行シェフ」のレストランで
懇親会があったんです!!!
きっと、「誰、その人…?」という人もいるでしょう。
逆にもしかしたら、
「え~!あの奥田シェフのレストランに行ったんですか~!
もしかして、今度、銀座にオープンしたっていう
マスコミも注目の、あのレストランですか~?」
という人もいるかもしれませんね。
この奥田シェフという方は、芳直さんの言葉を借りると、
「百年に一人の、料理界のスーパースター」です。
山形県庄内地方にあるイタリアンレストランの
「アル・ケッチャーノ」というレストランの
オーナーシェフです。
なんとこのレストラン、
イタリア人がイタリア料理を学びに、
イタリアからわざわざ来るというレストランです。
以前、あの「情熱大陸」でも取り上げられた人なんです。
何がそんなにすごいかって、
「山形を変えた男」なんです。
奥田さんがまだ店を出す前に、
庄内の鶴岡駅に降り立ったとき、
本当に寒くて、景色も灰色で、
みんなうつむいて歩いていたそうです。
そんな鶴岡を、
「自分の料理で、元気にしたい、
前を向いてみんなに歩いて欲しい」
という思いで、料理店を始めたそうです。
山形県の庄内地方独自の野菜や肉、魚などを使って、
ものすごくおいしい料理を作るんですね。
全国からたくさんの人が、
このアルケッチャーノで食事をするために、
山形に訪れるようになっているそうです。
地元の野菜農家も大喜びです。
このアルケッチャーノが元で、
山形の食材は、今、とても注目されているんですね。
「食の都 庄内」というキャッチフレーズで、
山形においしいものを食べに行くツアーもあるそうです。
料理の力で…
たった一人の料理人の思いだけで、
本当に、こんなに庄内が注目されるようになった…って、
ものすごいですよね。
まさに、料理の力で庄内を元気にしたのです。
ここまで、地元のためにというアツい思いで
ひたすら行動した奥田さん…素晴らしいです!
さて、この奥田シェフが銀座に
5月12日にグランドオープンしたのが、
「ヤマガタ・サン・ダンデロ」というレストランです。
銀座で山形の食材を使った料理を食べてもらおう、
山形の事を知ってもらおう、
という趣旨で開店したそうです。
そのレストランに、
5月11日に行ったのです。
芳直さんと奥田さんとはとっても仲良しで、
オープン前日、特別に私たちのために、
奥田シェフ自ら、料理を作ってくれました。
なんて、ラッキーなんでしょう。
ありえないですよね。
しかも、この日は美恵先生の誕生日だったんです。
たまたま、その日は美恵先生と二人で行ったんです。
「誕生日に奥田シェフの料理が食べられる」
と言うだけでも最高の誕生日ですよね。
ところが、さらにサプライズがあったんです…。
ということで続きはまた明日!
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